6月11日の迷宮

文字数 2,566文字

 藤宮と水島に伴われて、少女達は地下二階へ潜った。

「昨日は戻ることを最優先して、碌に道順を覚えられなかったからな。マッピングのやり直しだ」
「壁が上から落ちてきたんでしたっけ? おっかねー」
「そうだ。化け物だけではなく、この階からは罠にも注意だ」

 右手側の通路が壁のトラップで通行止めになったので、今日の藤宮は左回りに進んだ。

「あと水島に浴衣姉妹、地下二階にはネズミやトカゲといった素早い化け物が出るから……」

 話している傍からギギッと耳障りな鳴き声を発して、通路の陰からネズミが飛び出した。

 パンパン!

 藤宮が照準を合わせるよりも先に、水島が正確に撃って仕留めた。

(あの男の反応速度は大したものだよね)

 百合弥が警備隊員達の戦闘能力を分析した。

(隊長の藤宮は判断力、多岐川は射撃の腕に優れるけど、純粋な身体能力では水島がダントツだね)

 水島は迷宮内を警戒しつつ、世良へよく視線を落としていた。

(問題はその戦闘能力の高い男が、騎士(ナイト)気取りで高月に纏わり付いていること。アイツを何とかしない限り高月には手を出せないじゃない。……ま、好色そうな顔してるし、私が誘惑してこっち側に引き込むか)

 百合弥は舌なめずりした。

(身体つきも好みだしイイ男よね。楽しんで仕事ができそう)

 まだ彼女は水島を、運動神経が良い

若い男としか認識できていなかった。

「よし、本日一つ目の部屋だ」

 藤宮が手を掛けたのは校舎と同じタイプの、ガラス窓がはめ込まれた扉だった。残念ながらガラスは曇っていて室内は見えなかったが。

 ガラッ。

 開けた先には大きめな空間と並ぶ机。生徒の学習机ではない。机にはキャスター付きのイスがセットになっていた。

「職員室……ですね」

 美里弥が呟いた。一階に在るべき部屋。こんな所に移動していたとは。

「私達は職員室へトランシーバーを探しに、初めて迷宮へ入ったんでしたね……」

 世良が苦笑して詩音に同意を求めた。少女達は地震が起きた晩、助けを呼ぶ為のトランシーバーを求めて職員室へ向かったのだった。そこには地下へ通じる階段と大きな穴しか無かったが。

「そうだったね。今更もうトランシーバーは必要無くなったけど」
「ま、でも他の便利グッズが有るかもだからさ、一応部屋を調べてみようね~」

 全ての部屋の探索が基本だ。雫姫に関わるヒントや、世良が手に入れた武器のような物が見つかるかもしれない。
 見渡してみて魔物が居なさそうだったので、全員で室内へ入った。
 ロッカーや机の引き出しを開けてみる。教員用の教科書に、中間テストの答案用紙。特に変わった物は無いように思えたが……。

「………………」
「セラ、どした?」

 難しい顔をしてペラペラと紙をめくる世良に水島が尋ねた。

「テスト、全部が未採点なんです」
「それが?」
「球技大会が終わった次の日から通常授業ですから、その時に返されるはずだったんです。なのに一切、手付かずで」
「うん……?」
「これじゃあまるで先生は、異変が起きて授業どころじゃなくなるってこと、(あらかじ)め知っていたみたい。だから返すあての無いテストをそのままにしておいたのかなって……」

 世良以外の全員が「あ……」という顔をした。
 この中で学院創立の真の目的を聞かされていないのは世良だけだ。雫姫の器を閉じ込める箱庭。(さと)い彼女は自らの力で真相に近付こうとしていた。
 美里弥が誤魔化そうとした。

「高月さん、考え過ぎですよ。テストはたまたまでしょう。忙しくて先生、採点が遅れたんだと思いますよ」
「そうなのかな……。でも思っちゃうんだよ、異変が起きることを知っている人が居たなら教えて欲しかった。あの晩は寮母さんも居なくなって、生徒だけで、どうしていいか判らなくてみんな不安で……!」
「セラ」

 水島が穏やかな口調で言った。

「去っていった大人達が居る。でも僕達は来た」

 世良は顔を上げて水島を見た。

「キミ達を護ろうとしている大人も居るんだってこと、忘れないで」
「………………」

 水島に肩を抱かれたが、世良は離れなかった。今は彼に甘えたい気分だった。

 ガタガタッ。

 その時、部屋の端の方から音がして、机の下に隠れていた物体が這って出てきた。世良は初めて見たが、京香を襲ったというトカゲの化け物だろう。
 体長七十センチは有りそうな大型のトカゲがうぞうぞと、十体近く姿を現した。

「ちっくしょ、いいところだったのに! ピヨピヨの呪いかよ!」
「全員散開! くっ付いてると戦えないぞ!」

 二人の警備隊員達が発砲する後ろで、世良は刀を抜いた。味方に長い刃を当てないように距離を取った。
 短い脚だというのに動きの速いトカゲ。三体が銃弾の雨を搔い潜って後方の少女達へ迫った。

「ここ!」

 世良は慎重に、自分の方へ向かってきたトカゲの頭部へ、振るうのではなく上から刀を突き刺した。串刺しとなったトカゲはしばらく手足をばたつかせていたが、やがて静かになり霧散して消えた。

(よし上手くやれた! 他のみんなは……?)

 振り返ると二体のトカゲに囲まれて詩音が苦戦していた。
 そこへ美里弥が滑り込むように接近し、一体の頭へ的確にナイフの刃をめり込ませた。残る一体は詩音がめった刺し戦法で倒した。

(うわ、五月雨のお姉さん、凄く綺麗な動作! 何かスポーツやってるのかな?)

 こんな時だったのに世良は見惚れてしまった。

「みんな、怪我は無いか!?

 銃撃の音が止んでいた。トカゲは全て駆除できたようだ。

「大丈夫です」
「こちらも」

 怪我人は出なかった。しかし百合弥が水島に駆け寄った。

「隊長もですが、水島さんてお強いんですね! 頼もしいです!!

 さっそく百合弥は色仕掛けに動いたのだった。くノ一の彼女にとって女の肉体も武器の一つだ。

「ふぅん……?」

 媚びる百合弥を水島は一瞥(いちべつ)した。一瞬だけ目が合い、彼の瞳の奥を覗いた百合弥は笑顔のまま固まった。
 水島はすぐに世良の元へ行ってしまった。残された百合弥の動悸が激しくなった。

(アイツ……あの男、何者!? ただの警備隊員じゃない……)

 十代でありながら、血で手を染める彼女は瞬時に肌で感じた。

(アイツは私達と同類だ……!)

 目的の為なら手段を選ばない。むしろ残虐行為を進んでやる。
 同じ闇を抱える彼女だからこそ、世良が気づかない水島の狂気に触れたのだった。
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