6月13日の迷宮(二)
文字数 2,169文字
「水島、視界が利かない所では同士討ちの危険が出る。銃は極力使うな」
「了解。槍持ってきてて良かったッスよ」
探索メンバー達は慎重に暗い庭園内を歩いた。懐中電灯を使うとこちらの位置を魔物に教えてしまうことになるので、光り苔の明かりのみで進むことにした。
「桐生のお嬢さんもな、飛び道具の扱いにはくれぐれも注意してくれ」
「……解った。ここぞという時に撃つようにする」
茜はアーチェリーを握る手に力を込めた。
(誤射したフリで高月を射貫きたいところだけど……、流石にその殺し方じゃ私の株が下がるよね。まったく、北島スズが上手くやっていれば……)
そう言えばあのコは何処へ行ってしまったのだろう? 茜は鈴の行方を考察した。
あれっきり姿を見せない鈴。一旦は引き受けたものの、世良の枕へ毒針を仕込むことを直前になって恐れ、逃亡を図ったと考えるのが妥当だろう。
学院の外へは出られないはずだ。高く頑丈な門と塀が学院敷地を囲んでいる。奇跡的にそれらを越えたとしても、兄の清吾の話では警備隊員が常に巡回していて、逃亡者はただちに保護と言う名の元に捕えられ、再び学院内へ戻されるそうだ。
(北島はきっと、同級生の誰かの部屋に逃げ込んだのね)
茜はそう推測した。混乱時で生徒の点呼は行われていない。それを利用して隠れているのだろう。
(私の名前さえ出さなければそれでいいよ。好きにすれば? ただし命令違反の罰は、私が雫姫に指名された後にキッチリ受けてもらうからね)
桐生への借金を抱える北島家の行く末を想像して、茜は冷たく微笑んだ。
「あっ!?」
「きゃあ!」
ぞぞぞっと草を滑るように動いて、体長一メートル超えの蛇が少女達の近くへ踊り出た。
『フシュウウウゥゥッ』
歓迎されてない客は鎌首をもたげて詩音を威嚇した。爬虫類が苦手なのか、詩音は完全に固まってしまっていた。
しかし並んで歩いていた美里弥がペティナイフで、即座に蛇の首をスパッと刈り取った。
頭を落とした蛇は尻尾を痙攣させていたが、やがて霧散して消えた。
「これも魔物のようですね。生徒会長、大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう、五月雨さん……」
「やるもんだね~、五月雨のねーちゃん」
「……どうも」
水島は口調こそ軽かったが冷静に美里弥を観察していた。
一撃で大蛇の頭部を分離させた美里弥。田舎育ちで済まされる動きではなかった。料理で野菜を切る時とは違う力の入り方だ。
(あの手首の使い方……。アイツは訓練された兵士だな。そして前に職員室で生徒会長がトカゲに囲まれた時も、やっぱりああやって助けていた)
それらの点から導き出された結論。
(五月雨姉妹は桜木陣営の間者なんだろう。ただの護衛役として送り込まれたか、それとも……)
寮内で殺害された少女達を思い出して水島はせせら笑った。
(ま、僕にはどうでもいいことだけど。セラさえ無事ならね)
少し前を歩く世良。歩く振動で髪が揺れて、暗がりに彼女の白いうなじが浮かび上がる。
ああ、触れたい。キスをしたい。美しい世良。手を伸ばせば届く距離に居るというのに。水島はもどかしかった。
「ん?」
しばらく進むとサラサラと水音がした。気のせいかと思いきや、
「おい、嘘だろ……?」
なんと一行の前には川らしきものが現れた。
「これ地中湖……?」
「いや、ちゃんと流れが有るぞ」
「なんで校舎の下に川が在るんですか」
「俺が知るか。清水キョウカ曰く異次元と繋がったらしいんだ、何でも有りだ」
京香の名前を口に出して、藤宮はふと思った。あの娘は異変についてどこまで知っているのだろう。そもそも娘なのか。一晩であらゆる傷から立ち直る女。死ぬことすらできないと言っていた。
ちゃぷちゃぷちゃぷ。
「隊長、何か川から音がしませんか? 僕、嫌~な予感がするんですが」
「……よく見えないな」
光り苔の明かりが届かない水面は漆黒の闇だ。仕方無く藤宮は懐中電灯を取り出して、川の上をざっと照らした。水島も。
二十メートルくらい向こうに赤塗りの橋が架けられていた。それを使えば対岸まで行けそうだが……。
「水島さん待って! もう一度そこを照らして下さい」
世良に頼まれた水島は、彼女が指差す方向を照らした。
ちゃぷちゃぷちゃぷ。
音と共に、黒い水面に白い泡がいくつも生まれていた。
「何だ……?」
ザバァッ!!!!
確かめるより前にソレは出現した。
世良達は悲鳴を上げることさえ忘れてソレを眺めた。懐中電灯の光の中、醜い大蛇の化け物が川面 に身体をくねらせていた。
先ほど美里弥が頭を落した蛇の長さが一メートルだったのに対して、この化け物は胴体の太さだけで一メートル有った。全長だとどれだけになるのか。
そして何よりも皆の度肝を抜いた要素、それはてっぺんに蛇ではなく獅子の頭が付いていたことだ。
「キメラ……?」
三枝が呟いた。同一の固体内に異なる遺伝子が共存する生物、キメラ。
人間でも二卵性双生児が母の胎内で相手を吸収し、二つの遺伝子を持って産まれる場合が有るが、今回の場合はそのケースに当てはまらない。明らかに違う動物同士がくっ付いている。
禍々しいその姿に少女と女医の足が竦 んだ。
「全員下がれーッ! 川から離れろ!!」
藤宮の号令によって探索メンバーは我に返った。走って川から離れる。遅れた三枝は世良が引っ張った。
「了解。槍持ってきてて良かったッスよ」
探索メンバー達は慎重に暗い庭園内を歩いた。懐中電灯を使うとこちらの位置を魔物に教えてしまうことになるので、光り苔の明かりのみで進むことにした。
「桐生のお嬢さんもな、飛び道具の扱いにはくれぐれも注意してくれ」
「……解った。ここぞという時に撃つようにする」
茜はアーチェリーを握る手に力を込めた。
(誤射したフリで高月を射貫きたいところだけど……、流石にその殺し方じゃ私の株が下がるよね。まったく、北島スズが上手くやっていれば……)
そう言えばあのコは何処へ行ってしまったのだろう? 茜は鈴の行方を考察した。
あれっきり姿を見せない鈴。一旦は引き受けたものの、世良の枕へ毒針を仕込むことを直前になって恐れ、逃亡を図ったと考えるのが妥当だろう。
学院の外へは出られないはずだ。高く頑丈な門と塀が学院敷地を囲んでいる。奇跡的にそれらを越えたとしても、兄の清吾の話では警備隊員が常に巡回していて、逃亡者はただちに保護と言う名の元に捕えられ、再び学院内へ戻されるそうだ。
(北島はきっと、同級生の誰かの部屋に逃げ込んだのね)
茜はそう推測した。混乱時で生徒の点呼は行われていない。それを利用して隠れているのだろう。
(私の名前さえ出さなければそれでいいよ。好きにすれば? ただし命令違反の罰は、私が雫姫に指名された後にキッチリ受けてもらうからね)
桐生への借金を抱える北島家の行く末を想像して、茜は冷たく微笑んだ。
「あっ!?」
「きゃあ!」
ぞぞぞっと草を滑るように動いて、体長一メートル超えの蛇が少女達の近くへ踊り出た。
『フシュウウウゥゥッ』
歓迎されてない客は鎌首をもたげて詩音を威嚇した。爬虫類が苦手なのか、詩音は完全に固まってしまっていた。
しかし並んで歩いていた美里弥がペティナイフで、即座に蛇の首をスパッと刈り取った。
頭を落とした蛇は尻尾を痙攣させていたが、やがて霧散して消えた。
「これも魔物のようですね。生徒会長、大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう、五月雨さん……」
「やるもんだね~、五月雨のねーちゃん」
「……どうも」
水島は口調こそ軽かったが冷静に美里弥を観察していた。
一撃で大蛇の頭部を分離させた美里弥。田舎育ちで済まされる動きではなかった。料理で野菜を切る時とは違う力の入り方だ。
(あの手首の使い方……。アイツは訓練された兵士だな。そして前に職員室で生徒会長がトカゲに囲まれた時も、やっぱりああやって助けていた)
それらの点から導き出された結論。
(五月雨姉妹は桜木陣営の間者なんだろう。ただの護衛役として送り込まれたか、それとも……)
寮内で殺害された少女達を思い出して水島はせせら笑った。
(ま、僕にはどうでもいいことだけど。セラさえ無事ならね)
少し前を歩く世良。歩く振動で髪が揺れて、暗がりに彼女の白いうなじが浮かび上がる。
ああ、触れたい。キスをしたい。美しい世良。手を伸ばせば届く距離に居るというのに。水島はもどかしかった。
「ん?」
しばらく進むとサラサラと水音がした。気のせいかと思いきや、
「おい、嘘だろ……?」
なんと一行の前には川らしきものが現れた。
「これ地中湖……?」
「いや、ちゃんと流れが有るぞ」
「なんで校舎の下に川が在るんですか」
「俺が知るか。清水キョウカ曰く異次元と繋がったらしいんだ、何でも有りだ」
京香の名前を口に出して、藤宮はふと思った。あの娘は異変についてどこまで知っているのだろう。そもそも娘なのか。一晩であらゆる傷から立ち直る女。死ぬことすらできないと言っていた。
ちゃぷちゃぷちゃぷ。
「隊長、何か川から音がしませんか? 僕、嫌~な予感がするんですが」
「……よく見えないな」
光り苔の明かりが届かない水面は漆黒の闇だ。仕方無く藤宮は懐中電灯を取り出して、川の上をざっと照らした。水島も。
二十メートルくらい向こうに赤塗りの橋が架けられていた。それを使えば対岸まで行けそうだが……。
「水島さん待って! もう一度そこを照らして下さい」
世良に頼まれた水島は、彼女が指差す方向を照らした。
ちゃぷちゃぷちゃぷ。
音と共に、黒い水面に白い泡がいくつも生まれていた。
「何だ……?」
ザバァッ!!!!
確かめるより前にソレは出現した。
世良達は悲鳴を上げることさえ忘れてソレを眺めた。懐中電灯の光の中、醜い大蛇の化け物が
先ほど美里弥が頭を落した蛇の長さが一メートルだったのに対して、この化け物は胴体の太さだけで一メートル有った。全長だとどれだけになるのか。
そして何よりも皆の度肝を抜いた要素、それはてっぺんに蛇ではなく獅子の頭が付いていたことだ。
「キメラ……?」
三枝が呟いた。同一の固体内に異なる遺伝子が共存する生物、キメラ。
人間でも二卵性双生児が母の胎内で相手を吸収し、二つの遺伝子を持って産まれる場合が有るが、今回の場合はそのケースに当てはまらない。明らかに違う動物同士がくっ付いている。
禍々しいその姿に少女と女医の足が
「全員下がれーッ! 川から離れろ!!」
藤宮の号令によって探索メンバーは我に返った。走って川から離れる。遅れた三枝は世良が引っ張った。