露見(一)

文字数 2,413文字

 探索チームは一時間ほど地下二階を回って、全員無事に寮へ戻ってきた。強敵が現れなかった代わりにアイテムも得られなかったが、広範囲を踏破できた。
 レクレーションルームへ入った藤宮は、さっそく水島と記憶を()り合わせながら地図の製作に勤しんだ。

「多岐川さん、お疲れでなかったら剣術指南をして頂けませんか?」

 他の生徒は早々に自室へ引き上げたが、世良は一階に残り留守番役だった多岐川にねだった。多岐川は快諾した。

「構いませんよ。指南と呼べるほど大したことはできませんが……。寮に居る時は危ないですから紐を握って、(さや)を付けたまま振って下さいね」
「え、何。二人は何してんの?」

 水島の目にイチャ付く男女の姿が映った。
 実際には部屋の窓際で、多岐川が世良の背後から手を添えて、刀の握り方と腕の位置を指導していただけなのだが。

「ちょっとちょっと多岐川さん。僕に駄目って言っておきながら、自分は世良に触るんですか!?

 マッピング作業を中断して水島は二人の元へ行った。呆れ顔で多岐川は訂正した。

「いやらしい目的で触れているんじゃない。剣道の初歩、素振りを教えているだけだ」
「だったら僕が教えますよ!」
「やめておけ。俺達じゃあ、いい先生にはなれないだろ? 水島」

 定規を使って紙に線を引きながら藤宮が宥めた。

「自衛隊の剣道はクラブ活動が主で、警察ほど本格的な訓練をしないからな。高い段位を持ってる隊員は稀だったし。高月の上達を願うのなら、高度な技術を持っている多岐川に任せた方がいい」
「……くそっ、銃剣道なら僕にだって教えられるのに」

 聞きなれない単語が出てきたので世良は聞き返した。

「水島さん、ジュウケンドウって何ですか?」

 世良に興味を持たれた水島は顔を輝かせた。

「突き攻撃に特化した武術だよ。肩や喉元を狙うんだ。剣術と言うより槍術(そうじゅつ)だね」
「ソウ術って(やり)のことですよね? 槍まで扱えるんですか。凄いですね」
「まぁね。自衛隊で銃剣道は必須だったから」

 得意気に語った水島だったが、多岐川に手を添えられて素振りをする世良を見て顔を曇らせた。

「……僕の前で仲良くすんなよ」
「そうか、では場所を変えよう。高月さん、玄関ホールへ移動しましょうか」
「あああああ、駄目! 僕の居ない所で仲良くするのはもっと駄目!」

 面倒臭い男だ。世良と多岐川が辟易していると、廊下の方からバタッ……バタッと足音が響いた。変則的な足取りだ。
 ドンドンドン! とレクレーションルームの扉が乱暴に叩かれた。

「副寮長? どうした!?

 扉を開けた藤宮の目の前には、壁に手を付けてやっと立っている江崎花蓮が居た。打撲傷が痛むのだろう、額に脂汗を滲ませていた。

「アンタまだ寝てなきゃいけない身体だろう?」

 気遣う藤宮に花蓮は掠れた声で言った。

「……生徒が死んでる……」
!?

 彼女の声を聞きつけた世良、水島、多岐川の間にも緊張が走った。

「二年生だよ。一組の生徒だから部屋は二階の奥寄り……」
「案内しろ!」

 藤宮は花蓮を背負って階段方面へ急いだ。残りのメンバーも各自武器を手に隊長の後を追った。
 階段も二階廊下も人気が無かった。

「あそこ……」

 藤宮の背中の上から花蓮が指差した。僅かに開いている扉。あそこが目的地だ。
 藤宮は花蓮を廊下へ降ろし、ハンドガンをホルダーから抜いて隙間から部屋を窺った。誰かが活動している気配は無い。
 部下が背後に到着したことを確認してから、藤宮はドアを蹴り完全に開放した。そして銃を構えた姿勢で室内へ飛び込んだ。

「!………………」

 藤宮は我が目を疑った。二つ在るベッドの一つに、二人の老婆が全裸で寝転がっていたのだ。
 何故老婆が? 何処から寮へ入った?

「何だアレ……。バアさん、だよね?」

 続いて入室した水島と多岐川も怪訝(けげん)な表情を浮かべた。最後に入った世良も。
 ただ世良は散らばる下着や服が若向きである点に注目した。そして死体の髪型にも見覚えが有るような気がしてきた。
 まさか……!
 世良は一旦廊下へ出て、ドアプレートの名札を見た。

「噓……噓……っ」
「高月、どうした!?
「その二人はこの部屋を使っていた生徒です!!

 三人の警備隊員は改めて死体を見た。総白髪で皺くちゃな皮膚。落ち窪んだ目元。とうてい女子高生には見えない。

「はぁ、生徒!? どう見てもバアさんだろう!?
「本当です! 私のクラスメイトなんです!!

 悲鳴のようにヒステリックに世良は叫んだ。水島が即座に世良を抱きしめた。

「……高月の言う通りだよ。その二人は間違い無く、桜妃の生徒だよ……」

 花蓮が這った姿勢で部屋へ入ってきた。そして彼女は恐ろしいことを言い出した。

「お願い……隊長さん。全ての部屋を見て来て。他にも被害者が居ないかどうか調べて……」
「おい、どういうことだ副寮長。他にも死んでる生徒が居るってことか!?
「判らないんだよ……。異変が起きてから生徒のほとんどが部屋へ引き籠もって、点呼も取っていない状態だったんだ。できる範囲で私とソーコで声掛けはしていたけど……」
「誰が無事で、そうでないか、ハッキリ把握できていない状態という訳ですか……」

 発言した多岐川は困った顔をした。しかし命が危機に晒されているゴタゴタ続きの状況下で、寮内を全て把握することは十代の少女達には難題だろうとも思った。

「解った。俺と多岐川とで全ての部屋を見て回ってくる。水島、高月と副寮長に付いていてやれ。見回ったら戻ってくるから廊下で待ってろ」
「了解」

 藤宮と多岐川はさっそく近場の部屋から検分を始めた。
 すんなり彼らを受け入れてくれる生徒も居れば、隊員の入室を激しく拒む者も居た。緊急事態ということで藤宮達は強引に部屋へ押し入った。ドアを強く蹴って相手を脅す形で。
 普段の彼ららしからぬ狼藉。寮内のあちらこちらで弱々しい悲鳴が上がった。それらを聞きながら、世良は水島の腕の中で震えているしかできなかった。
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