揺れる想い(一)

文字数 2,259文字

 素振りを終えた世良に水島が近付いた。

「セラ、夜間警備に入る前に僕と話そうよ。部屋へ行ってもいい?」
「おい水島、高月さんにあまりちょっかいを出すなと言っているだろうが」

 即座に苦言を呈した多岐川に水島は反論した。

「だから彼女の部屋を会話場所に選んだんです。すっげぇ邪魔だけどピヨピヨも居るから、セラと二人きりにはなりませんよ」
「私からしたら邪魔なのはあなたの方ですけどね」

 睨み合う水島と小鳥。犬猿の仲である二人が揃っているのなら、なるほど、色っぽい展開にはならなさそうだ。

「それなら……いいのか? だが女生徒の部屋へ大人の男が遊びに行くというのがそもそも……ううん……」

 真面目な多岐川が頭を悩ませている横で、世良があっさり言い放った。

「すみませんコハルさん。私、暗くなる前にグラウンドをひとっ走りしたいのでお相手できません」
「はい?」

 世良の返答は予想の斜め上をいっていた、

「最近ずっとまともなトレーニングができていなくて、身体が何か気持ち悪いんですよ。久し振りに全力疾走をしてスカッとしたいんです」
「……ああ、マジでスポーツ女子なんだねぇ……」

 遠い目をした水島に代わって多岐川が申し出た。

「健康的でいいと思います。昼間ですからグラウンドに魔物は居ないと思いますが、念の為に私が護衛役として付き添いましょう」
「えっ、そんな、悪いですよ」
「お気になさらず。私はあなたの先生ですから」
「あ……。お言葉に甘えます。ありがとうございます」

 温かい目で見つめ合う世良と多岐川の間に、(しか)(つら)をした水島が割り込んだ。

「僕も行きます」
「護衛は私一人で充分だぞ?」
「僕もトレーニングするんですよ。最近は簡単な筋トレしかしてなかったから」

 目を輝かせたのは世良だった。

「わぁ、それは嬉しいです! 一緒に走ってくれる人が居ると気分が上がります!」
「セラ……めっちゃ素直……。うんまぁ、キミが喜んでくれるならいいか。僕頑張るよ」
「私も行きます! トレーニングします! お姉様と一緒に走りたいです!!

 やはりと言うか小鳥も立候補した。結局四人でワイワイ言いながら寮を出て行った。
 賑やかな彼らを見送った三枝は藤宮に聞いた。

「ねぇ、水島と高月セラはデキてるの?」
「いや、水島が一方的に言い寄ってる感じだな」
「へぇ? 水島って性欲強いけど恋愛自体には冷めてるタイプよね?」
「そ。アンタと一緒。だから今の水島には俺も多岐川も驚いてるよ」
「こう見えて、アタシは他人の恋愛は応援してるのよ?」
「そうなのか?」
「うん。自分自身はいろいろと面倒で踏み出せないけどね……」

 藤宮は三枝の横顔を観察した。自分のことをほとんど話さない彼女だが、いろいろ遭ったのだろうと推測した。

「しっかしあの水島がねぇ。見た感じ、セラちゃんの方もまんざらではないみたいだけど」
「高月の態度が軟化してきたのはつい最近だな。知り合った当初はアイツ、水島のことを毛嫌いしていたから。それこそ蛇蝎(だかつ)の如く」
「ふうん。そっから水島がひっくり返したんだ。やるじゃん。このまま上手くいくといいけどね」
「上手くいったら問題だろうが。高月はまだ高二だ。淫行条例に引っ掛かるぞ。水島がプラトニックな関係で満足するとは思えん」
「成人男と高校生カップルなんていっぱい居るじゃない。取り敢えず水島には避妊具を渡しておくわ」
「その前に止めろって」

 性に奔放な女医というのは厄介だ。セクハラ魔王の後押しをしかねない。多岐川と一緒に世良を水島から守ろうと藤宮は思った。


 グラウンドに出た世良、小鳥、水島は多岐川が見守る中、まずグラウンドを二周走るウォーミングアップをした。

(は、速い……)

 身体慣らしのランニングは、だいたい五割程度の力で走る。その前提でも全国で活躍する世良のランニングペースはとても速かった。男で日々トレーニングを積んでいる水島は並走できていたが、しばらく部活動をしていなかった小鳥は、たった二周の間にだいぶ二人から遅れを取ってしまった。

「おいおーいピヨピヨ、身体あっためるだけのウォーミングアップで、もう息が上がっちゃてるじゃん」

 ようやくゴールした小鳥は肩で息をしていた。水島に揶揄(やゆ)されて悔しかったが、事実だったので言い返せなかった。
 それから念入りに柔軟体操。水島は世良とペアになり、ここぞとばかりに世良の身体に触りまくって多岐川に注意されていた。

「セラ、柔らかいな」

 背中を押されるまでもなく、腰から折り曲げた世良の上半身は地面にペタリと付いた。

「はい。スポーツにおいて身体の柔らかさは宝だとコーチに言われたので、毎日柔軟体操は欠かしていません。コトリちゃんもけっこうやるね」

 多岐川に押してもらっている小鳥もだいぶ柔らかかった。

「へへ、これについては水島さんより私の方が優れていますね」
「うるせー」
「水島さん、ブーツ以外の靴も持ってきてたんですね」

 ランニングシューズを履いていた水島の足を見て世良が指摘した。

「まーね。防御力は落ちるけどこっちの方が楽だよね。世良は違う靴に履き替えるの?」
「はい。さっきまでのはアップ用です。これから短距離走用」

 中学時代は一つの靴で全ての練習をこなしていたが、式守理事がスポンサーについてくれてからは、用途に合わせて靴を数種類保持できるようになった。
 シューズに足を通して紐を締める。同時に心も引き締まった気がした。

(ああ、やっぱり私は走ることが好きなんだ)

 軽く腿上げ運動をした後に、世良は久し振りに100メートルのスタートラインに着いた。
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