水島小春と言う男(二)

文字数 2,523文字

☆☆☆


 翌日、13時。
 いつものようにレクレーションルームには、迷宮探索を希望する生徒が集まっていた。復帰した世良は、立候補者の中に詩音が混ざっていたことを喜んだ。

(昨日キツく言っちゃって心配してたけど良かった。桜木先輩、ヤル気を出してくれたんだ……!)

 詩音は下向き加減で誰とも目を合わせようとしなかったが、固く結ばれた唇に決意の色が見えた。

「今日は定員オーバーだな。それじゃ、高月以外の生徒でジャンケン勝負始め!」

 藤宮の音頭でジャンケンが開始された。あいこが続き、四回目で小鳥、詩音、京香が勝ち抜けた。敗れたのは五月雨姉妹だった。

「あーもう、何で私ってジャンケンが弱いんだろ!」
「運に関しては仕方が無いですね。ユリヤ、明日また挑みましょう」

 勝負の結果を見て水島は独り思案した。

(セラとピヨピヨが迷宮に行く。アンナちゃんは桐生のお嬢さんのお世話係。……てことは、セラ達の部屋は一時間ちょい確実に無人になるのか)

 彼は気付いていた。レクレーションルームの中をさり気なく窺う人影に。

「今日は俺が留守番をするか。多岐川、おまえが水島と……」
「あ~隊長、今日は僕が残りますよ」

 申し出た水島へ、藤宮が意外そうな顔を向けた。

「おまえが? 毎回迷宮へ潜りたいって言ってたじゃないか。どうした?」
「怪我でもしたのか?」

 心配する上司二人に水島は適当な噓を吐いた。

「怪我は無いっスけど筋肉痛がちょっと酷くて、身体の動きがぎこちなくなるんです」
「そうか、なら俺が行くから今日は休め。荷物が届く予定も無いからゆっくりしていろ」
「ありがとうございます。セラ、そういう訳で僕は行けないけど、隊長と多岐川さんの言うことをよく聞いて、周囲に気をつけるんだよ? 忘れ物もしないようにね」

 まるで遠足に行く幼児を心配する親だな。口には出さなかったが、部屋に居た水島以外の全員がそう思った。


☆☆☆


 13時半。迷宮探索チームは校舎へ出発した。
 北島鈴はしばらく二階廊下をブラブラと歩き、自分以外の誰も居なくなった瞬間に、無人となった世良の部屋へ急いで入った。

(さっさと済ませて部屋を出ないと……)

 鈴は小さなビニール袋を開けた。パックされていたのは小さく細い針だった。気をつけないと取り落としてしまいそうだ。先端には刺さるとしばらく動けなくなる薬が塗られていると、鈴に針を渡した人物は言っていた。

(動けなくなる薬って何だろう……。まさか、毒?)

 例えそうだとしても鈴は躊躇(ためら)わなかった。鈴の家には莫大な借金が有る。

(成功したら借金はチャラ。更に報酬もくれるって言うんだから、やらない理由が無いよね)

 金が無いせいで惨めな小・中学校時代だった。その環境は鈴をしたたかな少女にした。

(高月先輩、あなたに恨みはないけれど、私が幸せになる為なんです。許してね)

 針を枕に仕込めと指示されていた。昨日の午前中にファンだと言ってこの部屋に押し掛けていた鈴は、青いタオルケットを使っている方が世良のベッドだとすぐに判った。
 そして枕に針を慎重に沈め……ようとしたところで、部屋の扉が予告無しに開いた。

「!」
「よお、スズちゃん」

 扉の枠いっぱいに長身の水島が立っていた。迷宮探索には行かないはずなのに、サバイバルジャケットを着て銃とナイフも携帯している戦闘スタイルの彼。鈴は慌てて後ろ手に針を隠した。

「セラの留守中に、ここで何してんの?」
「え……あ……」

 よりにもよってこんな時に。動揺しながらも、鈴は精一杯の言い訳をした。

「憧れのセラ様と同じ空気を吸ってみたくて……それで……」
「部屋に侵入したってワケ? ハハッ、アンタけっこうな変態なんだな」
「お願いします水島さん、みんなには黙っていて下さい。もう二度としませんから!」
「ん~、それは鈴ちゃん次第かな~。ちょっと僕に付き合ってよ」
「え……?」

 ニコニコと水島は手招きした。不法侵入という弱みが有る鈴は水島に従うしかなかった。
 針を手の中に隠したまま、水島に促された鈴は一階へ降ろされ、そして玄関で靴を履くように言われた。

「あの、寮の外へ出るんですか?」
「まぁね~。他の生徒に聞かれたくない話をするからさ~」

 鈴はビクンと僅かに震えた。誤魔化せていなかった。きっと自分が世良の部屋に居た目的をこれから追及されるのだと、彼女は不安になった。

「お待たせ。ごめんね~、ブーツは履くのも脱ぐのも時間がかかるんだよ」

 水島は笑顔だ。そこに鈴は一縷(いちる)の望みを賭けた。命令されて仕方無くやったと泣いて見せれば、彼の同情を引けるかもしれない。

 二人は寮の外へ出た。扉が閉まった瞬間、

 ドグッ。

 鈴の腹部に凄まじい圧力が加えられ、彼女は二メートル横へ吹っ飛んだ。

「げふっ!」

 追加で二メートル地面をゴロゴロ転がって、ようやく鈴の身体は止まることができた。

「…………かはっ、ゲホゴホッ」

 激しく咳込んだ。息が上手く吸えない、腹が猛烈に痛い。何が起きた!?

「…………!」

 地面に這いつくばる自分を見下ろす冷たい目。それによって鈴は、水島に蹴り飛ばされたのだと理解した。

「ひ……ひぃ…………」

 起き上がれない彼女は腕を使い、這って水島から逃れようとした。そして気づいた。

「! 嫌っ、針っ、針があぁぁぁぁ!!!!!」

 転がった衝撃で隠し持っていた針が、皮膚を突き破り鈴の手のひらに三分の二ほど刺さっていたのだ。

「ああぅ、ああっ」

 鈴は逆の手で針を抜いて地面へ投げ捨てた。それを水島が観察した。

「その慌てよう……、これは毒針か? 動けるところを見ると即効性ではないようだが」

 鈴にも詳しくは判らない。「危険な物」としか。
 水島は鈴を睨みつけた。鈴がレクレーションルームの様子を窺っていることに気づいた彼は、留守番役を買って出て鈴の見張りをしたのだ。
 男好きのくせに世良に付き(まと)い、行動を把握しようとする鈴は怪しかった。その鈴が無人となった世良の部屋に侵入したことで、疑惑は確信に変わった。
 ざりざり。ブーツで地面を踏みしめながら、水島は鈴に接近した。

「なぁおまえ、毒針をセラに使うつもりだったのか?」

 さっきまでの明るい口調とはまるで違う、低い声で尋問官は被疑者に問うた。
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