水島小春と言う男(三)

文字数 2,300文字

「!…………」

 水島が抜いたサバイバルナイフを見て鈴の肝が冷えた。自分がこれまで見たどのナイフよりも大きく鋭利だった。まさかアレを15歳の自分に使う訳がない。鈴はそう信じたかった。

「誰に頼まれた? 毒針なんて一高校生が手に入れられる代物じゃないだろ」
「…………生徒会長の、桜木先輩、です」

 区切り区切りに鈴は答えた。水島はクッと笑った。

「捕まったら生徒会長の名前を出すように言われたか」
「!」

 バレていた。水島は屈んでナイフを鈴の右手に当てた。

「嘘吐いたお仕置きだよ」

 ドズッ。

 熱いと感じた瞬間、鈴の右手親指が飛んでいた。

「ぎゃ、ぎゃあああぁぁあ!!

 血が噴き出す右手を左手で押さえて、鈴は身を縮めた。

「うるせー声出すなよ。誰かに気づかれて困るのはそっちだろ?」
「…………?」
「アンタが寮で起きた殺人の実行犯なんだろ? みんなにバレたらリンチされるからな」
「!」

 鈴は激しく頭を左右に振った。

「違っ、違う! 私はまだ誰も殺してない!! アレは違うの!」

……か」
「本当なんです! さっきの行動が初めてだったの、命令されて仕方が無かったの!」
「だからその命令した奴の名前を言えっつってんだよ。ホントのこと言わないと、身体がどんどん小さくなっていくぞ?」

 女子高生の身体を刻んだ後だというのに、水島からは一切の動揺が見られなかった。その爬虫類のような眼を見た鈴は捕食される恐怖を感じた。

「……き、桐生先輩ですっ! 昨日の朝、急に部屋に呼ばれて……言うことを聞くように脅されたんです。ウチは借金が有るから、桐生の家に逆らえないんです!」
「ま、そんなところだろうな。やっぱり桐生のお嬢さんだったか~」
「………………」

 水島が黒幕を知っていたことに鈴は驚愕し、更に恐怖した。

「毒針は何本仕掛けた?」
「い、一本も……。仕掛ける前に見つかってしまったから。そ、そもそも一本しか貰ってないです……」

 震え声で鈴は答えた。その様子から真実を語っていると感じた水島は、取り敢えず世良の危機を回避できたことに安堵した。

(以前起きた殺人の犯人は相変わらず謎のままだが……。まぁいい、今日のところは目障りなコイツを片づけて良しとしよう)

 水島は鈴の左手を乱暴に引っ張って立ち上がらせた。

「ひっ……?」

 鈴は水島に引き()られるように連行された。目的地は学院校舎だった。
 扉を開けて、怯える鈴を水島は校舎内に放り込んだ。

「きゃあ!?

 初めて迷宮に足を踏み入れた鈴は、全身を走ったおぞましい気配に棒立ちとなった。

「スズちゃん、ゲームしよっか」

 背後で扉を閉めた水島が楽しそうに提案した。

「ここの地下二階で冒険してる隊長達と、無事に出会えたらスズちゃんの勝ち。キミがしたことをみんなには黙っていてあげる」

 出会えなかった場合は…………? 恐ろしくて鈴は聞けなかった。ナイフの代わりにハンドガンを持ち替えた男に逆らえるはずがない。退路は断たれたのだ。

「早く出発した方がいいと思うけど。毒が全身に回っちゃわない?」

 言われて鈴はハッとした。切断された右手親指の痛みがほとんど無い。毒針が刺さったのも右手。麻痺が始まっているのだ。

「地下への階段は職員室が在った所だよ~」

 鈴は走り出した。警備隊長を捜すしかない。彼と一緒に行った世良は優しい先輩だ。彼女に泣き付けば助けてもらえるかもしれない。
 水島の言った通り、職員室だった場所には地下への階段が在った。空いている大きな穴に(おのの)きつつも、鈴は階段を駆け下りた。
 しかし地下へ到達した彼女は途方に暮れた。通路がいくつも枝分かれしているのだ。

「地下二階への階段は左側だよ~」

 五メートルほど距離を開けて、水島が後ろから付いてきていた。鈴は素直に水島のナビゲートに従ったが、これは彼の嘘だった。地下二階への階段は右手側のコウモリ部屋に在るのだから。
 左へ進んだ鈴は当然階段を見つけられなかった。そればかりかまた通路が別れている。次はどちらへ進めばいい?
 困って水島を振り返った鈴は、自分の足首をガシッと誰かに掴まれた。

「…………ヒッ!?

 誰のものなのか、床から腕が肘まで伸びていた。骨ばって赤黒いその腕は、生者の肉体では決してなかった。

「嫌ぁっ、何なのコレ!?

 鈴は脚を動かして腕を振り払おうとしたが、

 グワァァッ。

 何十本という腕が床から一斉に生え、鈴の脚に絡み付いた。

「キャアアァァァァ────ッ!!

 武器も無く力も弱い鈴は地面に引き倒された。その光景を、離れた安全地帯から水島が眺めていた。

「助けて、水島さん助けてッ!」

 何本もの腕に身体をもみくちゃにされている鈴は懇願した。唯一の同行者へ。

「おー、餓鬼に喰われるか、猿に犯し殺されるかのどっちかだと思ってたんだが、手の化け物だったか」
「!…………」

 水島が吞気に感想を漏らすのを聞いて鈴は悟った。この男は、最初から自分を生かしておくつもりが無かったのだと。
 絶望が彼女の身体を駆け巡る。それでも彼女のDNAに刻まれた生物の本能が、生きようと懸命に足搔いた。首を絞めようとする腕に強く噛み付いて消滅させ、動く左手を自身の首に巻き付けてガードした。

「アハハ、割とやるじゃん。その調子だよスズちゃん!」

 無責任に水島は(はや)し立てた。鈴の抵抗が通用するのは一時だけだと水島は解っていた。
 これから(なぶ)り殺しにされるであろう15歳の少女。それこそが水島の望んだ展開だった。世良を心から気遣うのも、殺戮衝動に身を焦がすのも、どちらも水島の本性だった。

 怪しく、残酷に、美しい顔に微笑みを浮かべて、水島は少女の命が尽きる様を見守った。
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