6月12日の迷宮(一)

文字数 2,132文字

「おい、アンタはまだ休んでいた方がいいんじゃないか?」

 13時。迷宮探索メンバーに立候補した生徒の中に、江崎花蓮の姿を見つけた藤宮は苦言を呈した。
 花蓮は決意の込められた強い瞳で藤宮を見返した。

「大丈夫。痛みはだいぶ和らいだし、あの女医さんからテーピングしてもらったから」
「まだ痛みが残ってんじゃねぇか!」
「お願い、行かせてよ隊長。これ以上寮でジッとしていたら気がおかしくなりそうなんだ。ソーコを喰った化け物は退治したけど、迷宮にはまだあんな奴らがいっぱい居るんだろ? 放っておけないよ!」
「………………」

 藤宮は花蓮がジャンケンに加わることを許した。だが内心では彼も他の皆も、花蓮がジャンケンに敗れて今日も静養することを望んでいた。

「やった!」

 しかし花蓮は勝ち抜けてしまった。
 本日の探索メンバーは世良、花蓮、小鳥、百合弥、水島、多岐川となった。

「カレン……無茶はしないでね」

 詩音の心配そうな眼差しに見送られて、花蓮を含む探索チームは寮を後にした。


☆☆☆


「今日でこのフロアの探索を終えられたらいいが」
「ええと、残る未踏エリアは北東部分ですね~。それとキノコの部屋か」
「あそこは防護服無しでは入られないな」

 地下一階と二階を繋ぐ階段を降り切った所で、多岐川と水島は地図を見ながら道順を確認した。この地図はサッと写したレプリカで、原本は寮に保管されている。

「よし、じゃあお嬢さん達、僕に付いてきてね~」

 花蓮はここまで難無く付いてきていた。痛みを我慢している素振りも無い。
 メンバーは左手からぐるっと回って北東へ向かった。トラップで落ちてきた壁の向こう側だ。

 いくつかの小部屋を見つつ進んだが特筆すべき点は無かった。遭遇した魔物も水島と多岐川で簡単に倒した。
 しかし北東エリアの最後の赤い格子扉。その大きさからそこが特別な部屋だと皆は考えた。
 警備隊員達は弾丸を補充し、扉に手を掛けた。後ろに控える生徒達は緊張しながら見守った。

「ヤバイ」

 扉を少し開けて中を覗いた水島は、一旦また扉を閉めた。

「多岐川さん、見えました?」
「ああ。人が大勢居た」

 花蓮が身を乗り出した。

「人? あたし達の他にも?」
「……訂正します。人の形をした化け物です。明らかに生きている人間ではありません」
「ざっと見た感じだと男が三十人くらい。おまけに全員が武器持ってる」
「え……」

 これまで戦ってきた魔物は動物系か、白装束の女だ。世良達は新たな敵と対峙することに若干の不安を抱いたが、百合弥は落ち着いていた。

「武装した男性の化け物、ですか?」
「そ。たぶんこの扉の先は、雫姫に仕えていた兵士達の訓練場なんじゃないかな?」
「兵士の化け物……。強そうですね」

 百合弥は怯えるどころか目を輝かせた。水島はそんな彼女をじっと見た。

「お嬢さん、強敵と戦えることが嬉しそうだね。場慣れしてんの?」
「あ、いえ、日常とかけ離れた事態が次々に起こるので、最近の私はテンションがおかしいんです!」
「……ふ~ん?」

 それ以上の追及をせず、水島は隣の多岐川に相談した。

「あの人数をどうやって倒しましょうかね?」
「とりあえずは銃の連射だ」
「でも一撃必殺のヘッドショットは難しいですよ? 狙いやすい胴体だと一体倒すのに最低二発、多くて五発くらい撃ち込まないと。……すぐに弾切れになりません?」
「私達が仕留めなくてもいいんだよ」

 多岐川は生徒達を振り返った。

「我々が前に出てできるだけ敵の攻撃力を削ぎます。すみませんが、トドメは皆さんにお願いします」
「ああそうか、トドメを頼めば弾の節約になるんだ!」

 弾を当てて敵の攻撃力を削ぐ警備隊員、弱った敵に引導を渡す生徒。分業と言う訳だ。

「人の形をしていても化け物だ。決して情けを掛けちゃ駄目だよ?」

 水島に注意された生徒達は頷いた。

「よっしゃ、じゃあ行くぞ!!

 水島は大きな引き戸を勢い良く横へ開けて室内へ飛び込んだ。多岐川も続いた。すぐにパンパン!と銃声が鳴り響き、彼らの進撃を示した。

「あたし達も行こう!」

 勇ましくも生徒の先頭に立ったのは花蓮だった。訓練場に足を踏み入れた彼女は、血の気が無い青い肌、眼球が白く濁った兵士風の男を見て一瞬(ひる)んでしまった。和装だがホラー映画に登場するゾンビのようだ。
 しかし屍兵(しかばねへい)は警備隊員によって肩と脚を撃ち抜かれており、ヨロヨロとしか歩けていなかった。花蓮はバットをスウィングして兵士の頭を叩き割った。

 バシャッ。

 スイカのように頭部を崩して兵士は倒れた。そしてそのまま塵と化した。
 花蓮は他の屍兵にも近付き、同じように頭部を粉砕した。

(やってやる……。化け物全員ぶっ殺してやる……!)

 花蓮の心の奥底に在るのは奏子を喰われた恨み。
 
(愛情なのか支配欲なのか、ソーコへの想いがずっと解らなかった。でも……)

 化け物は言った。「自分の中のソーコの記憶が花蓮の殺害を拒んでいる」と。
 あれを聞いた時、心臓を鷲掴みにされたかのように胸が傷んだ。そして解った。

(あたしはソーコを愛していた)

 ちゃんとそれを奏子に伝えられなかった。もっと奏子を大切にすれば良かった。
 全てが遅い。
 後悔が胸を締め付ける。それを忘れたくて、花蓮はバットを一心に振った。
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