眠れぬ夜

文字数 2,446文字

 世良達が寮に戻ったのは19時少し前だった。男達はそのまま一階の警備に移行して、少女達は軽く保存食を摘んだ後、死体の有った部屋の清掃と消毒に勤しんだ。
 とは言っても人員は世良、小鳥、京香の三名だけである。更に本人は大丈夫だと申告したが、京香の脚の怪我を考慮して、無理をしないスローペースでの活動となった。
 結局片づけられたのは三部屋に(とど)まり、残りの六部屋は明日の午前中に持ち越すことにした。

「今日は大変な一日だったわね。二人とも大丈夫?」
「キョウカこそ。脚に負担がかかったんじゃない?」
「……私は平気よ。セラは迷宮にも行ったし疲れたでしょう?」
「ん~……、だね。流石に疲れたかな?」

 首を回した世良は肩のこりを感じた。ストレッチを多めにやってほぐしておかないと。

「今日はシャワーを浴びて、ちょっと早いですけど明日に備えて休みましょうよ!」

 明るく小鳥に促されて、そうしようと世良も思った。


 準備をして向かったシャワー室には誰も居なかった。廊下でも他の生徒に会わなかった。奏子に扮していた化け物が精気を吸ったせいで、出歩ける者が激減してしまったのだ。それを考えると気が滅入る。
 世良と小鳥は入口から近いボックスに別れて入り、温度を調整してぬるめのお湯を出した。

「江崎先輩……どうしてるかな」

 花蓮は奏子の頭部を手放すことを拒否した。それで奏子の死体だけはグラウンドへ運べなかった。
 だけどかえって良かったのかもしれない。今日は日没時間の関係で、桜の樹の下に安置した死体がすぐに地中へ吸収されてしまった。あの光景を見たら、花蓮はいよいよ正気を失ってしまったかもしれないから。

「……生徒会長さんが付き添っているから、江崎先輩は独りじゃありませんよ」

 小鳥の意見に世良は頷いた。それでも花蓮は今夜一晩、眠れぬ夜を過ごすことになるのだろう。

「私も……お姉様を決して独りにはしませんから!」

 続く言葉で小鳥は決意を表明した。

「これからも危険はいっぱいだろうし、つらいことが起きるだろうけど、お姉様独りに悲しみを背負わせません。悲しみを回避できないのなら、私も一緒に背負いますから!!
「コトリちゃん……」

 その言葉は充分な強さを持っていた。どんなにつらい目に遭ったとしても、同じ気持ちを抱く同志が傍に居てくれる。何と頼もしいことか。
 防水仕切り板の上から、二人は見つめ合った。

「ありがとう、今の私が欲しかった言葉だよ」

 感動した世良だが、小鳥の視線が徐々に下がっていくことに気づいた。

(あ、あれ、コトリちゃん……?)

 小鳥は確実に世良の身体を見ていた。一糸纏わぬ生まれたままの姿。同性同士だとしても凝視されるのは恥ずかしかった。

「こ、コトリちゃん……。私の凹凸(おうとつ)の無い身体なんか見ても楽しくないでしょ?」
「……いえ、とても美しいです!!

 初めて世良と一緒にシャワールームへ入った時に卒倒し、それからはシャワーはもちろん、着替え中も世良の裸を見ないように心掛けてきた小鳥であったが、今回うっかり覗いてしまい、その均整の取れた肉体に目が釘付けになった。

「しなやかな筋肉に線の細さ……。お姉様は性別の無い天使みたいです」

 褒められて世良は照れた。お世辞ではなく、小鳥の理想が目の前に存在していた。小鳥がうっとりと見惚れていると、入口の引き戸が開けられる音がした。
 京香が来たのか。世良と小鳥は入口方向を見て、心臓が止まる程に驚いた。

 全裸の水島がシャワー室へ入ってきた。

「!!!!!!」
「~~~~~~っ!!

 全く予期していなかったモノを見ると、人は悲鳴すら上げられないのだと世良はこの時知った。
 世良も小鳥も、隠されていない男性器を見るのは、いや見てしまったのは初めてのことだった。
 水島は仕切り板の外側フックにタオルを掛けると、世良の隣のボックスへ入った。

「よ」

 しれっと軽い挨拶をしてシャワーを浴び始めた水島に、金縛りに遭っていた世良と小鳥はハッとして、両手を使って自分の身体をできるだけ隠した。……隠し切れていなかったが。

「何、何してんですかコハルさん! 今ここは女子の使用時間でしょう!?

 世良の正当な抗議を、水島はやはり軽くいなした。

「大丈夫大丈夫、アンタら以外居ないの確認して入ったから」
「私達が居るのを知ってて入ったんですか!?
「当たり前じゃん。セラのこと追っかけてんだから」

 しれっと答える水島の大胆さは小鳥の比でない。高身長の彼はシャワーの合間に、仕切り板の上から悠々と世良の全身を眺めていた。

「ちょっと、見ないで、ホント無理!!

 背中を向けた世良だが、ヒップラインは丸見えだった。水島はふっと笑った。

「セラは綺麗だね。この世のものとは思えない。まるで天使みたいだ」
「あっ、ソレ、私の台詞だからー! 勝手に使わないで!!

 隣の隣のボックスから身を乗り出した小鳥は、水島へ文句を言った後にぶっ、と鼻血を噴き出した。

「コトリちゃん!?
「うぉ、興奮して鼻血出したヤツ初めて見たぞ! マジで居るんだな!」
「コハルさんのせいでしょう!? コトリちゃん、しっかりして!」
「セラ……全部見えてるよ? いや僕はいいんだけどさ」
「うわぁああ馬鹿!! コトリちゃん介抱するんだからあっち向いてて!」
「ヤダ」
「み、水島さん……地獄へ落ちろ……」

 その後は大騒ぎだった。ぎゃーぎゃー言い争う声を聞きつけた藤宮と多岐川までもがシャワー室に登場し、世良は今度こそ悲鳴を上げた。
 「すまない!」「すみません!」と謝罪をしつつ、紳士の二人が水島を引っ張ってシャワー室から連れ出してくれた。

 とんでもない夜。
 でもおかげで落ち込んでいた気分がいくらか浮上できた。大勢の生徒の死を見送って、さっきまでは世良も今夜は眠ることなどできないと思っていた。

 小鳥は「独りにしない」と言ってくれた。
 水島は問題行動ばかりだが、何かと世話を焼いてくれる。

 二人の気持ちがありがたくて、小鳥を介抱する世良は泣き笑いになっていた。
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