世良と水島(三)
文字数 2,590文字
岡部佳が使用していた部屋。彼女が亡くなった後始末は警備隊員達が分担した。部屋全体をざっと消毒して汚れ物の処分。そこまではやった。
水島が己の性欲処理の為に、かつて田町杏奈をこの部屋へ連れ込んだことが有った。その時には無かったはずの、洗濯されたと思しきシーツがベッドにセットされていた。
「シーツが新しくなってる……」
ボソリと呟いた水島の感想を世良が拾った。
「はい。シャワー前にリネン室から持ってきてセットしておきました」
「え、セラがしたの?」
世良は少し恥ずかしそうに目を伏せて頷いて、シーツが敷かれたベッドに腰を下ろした。
水島は思考の処理に時間がかかった。世良に共に過ごそうと誘われた部屋。それだけでも驚きなのに、ご丁寧にベッドメイクまでされている。
(おいおいおい、セラは僕を誘っている……? 手を出してもいいってことか? いやでも、違った場合は底が見えない落とし穴にハマることになるぞ)
最近自分へ好意的に接してくれるようになった世良。ようやくここまで来たのに、誤った選択をして彼女の心を閉ざしたくない。水島はいつになく慎重になった。
世良の隣へ座ったが、肩を抱くことを我慢した。舞台装置が揃った状態で世良に触れたら、水島は止まれなくなると自覚していたのだ。
世良が水島を横目で窺った。
「いつものように触らないんですか? キスしたりとか」
堪 えているのに、ドキリとすることを言う世良。
(コイツ挑発してんのか? 何のつもりだ?)
彼女の真意が判らない。不安になった水島はいつもの軽口で誤魔化した。
「ま~ね~。流石にベッドの上で手を出しちゃマズイでしょ。僕としても淫行で捕まることは避けたいし~?」
「そう……。そうですよね」
声のトーンと肩を下げた世良。水島はいよいよ解らなくなった。
「セラ、残念がってるの?」
「はい。私はコハルさんと…………
「………………」
一拍空けてから、水島の頭に鈍器で殴られたような衝撃が走った。
「恥ずかしい。ちょっと独りで突っ走っちゃいました」
「………………」
「
「………………」
「ごめんなさい。今回のことは忘れて下さい。明日からまた普通に接してくれると嬉しいです」
「………………」
ベッドから立ち上がろうとした世良を水島は止めた。
「ちょい待て! どういうことだ!!」
腰を浮かしていた世良は、水島の大声に驚いて再びベッドへ臀部 を沈めた。
「え、あ……?」
「アンタどういうつもりなんだ!」
「す、すみません。勝手にコトを進めようとして……」
「そこじゃねえよ!!」
完全に怯えた表情になった世良を見て、マズイと思った水島は一つ息を吐いて気持ちを落ち着けた。
「……怒ってるんじゃないんだ。アンタの本当の気持ちが知りたいだけだ」
「………………」
「僕としたいって……アレか? セックスしたいってことか?」
ぼかさずに水島は聞いた。この大事な局面で勘違いはしたくない。
セラは唇を一文字に結んで、それからゆっくり頷いた。
「!…………」
水島は信じられないという面持ちで世良を見た。ほんの数時間前、台所でキスした時はそれ以上の行為を拒まれたのに。
「アンタはどうして急に……」
水島は世良の心境の変化に思い当たった。今日の探索だ。
「……そうか。僕が世良を助けたから。だからお礼に身体を差し出そうとしているんだな?」
これで苦労せず世良を抱ける。ずっと望んでいた肉体が目の前に有る。それなのに水島は嬉しくなかった。
(義理ってことか)
それが彼の心の奥に引っ掛かる。虚しい。
静かに世良は言った。
「お礼で差し出すというのは違います。きっかけは助けられたから……と言うより、生き延びたからですね」
「?」
「私あの時、ああ自分は死ぬんだって思ったんです」
世良は獅子蛇に襲われたことを思い出して遠い目をした。
「ほんの数秒間でしたけど、いろんなことが頭をよぎりました」
「走馬灯ってヤツか」
「なのでしょうか。そういう時って過去のことを思い出すって聞きましたが、私の場合は欲がぶわ~って沸き上がったんです」
「欲?」
「はい。今年も国体に出たかったな~とか、大学か実業団に入って走り続けたかったな~って」
「陸上のことばっかじゃん」
死が迫っているのに世良らしいと水島は苦笑した。
「はい。九割がた陸上のことでした。でも最後に、コハルさんの顔が浮かんだんです」
「え……」
世良は水島へ笑顔を向けた。
「コハルさんとお付き合いしたかったな~って。それが最後に出てきた欲でした」
「!…………」
心音が速くなっていく。水島は拳をぎゅっと握って溢 れそうな感情を押し留めた。先程の小鳥のように。
「陸上九割で、僕は残りの一割?」
「割合で言うとそうです」
「思い出したのも最後?」
「でした」
「ハハハッ、僕の扱い酷い! でも嬉しいよ、思い出してくれてありがとう!!」
本心だった。最後の最後に自分を思い出してもらえた。世良の心の奥底に、確実に水島の存在が息づいているのだ。
「今日は生き延びられたけど、明日も生きていられるかなんて判りませんよね?」
「……そうだな。迷宮が手強くなってきた」
「だから、生きている内にできることはやっておきたいんです」
「僕に抱かれないまま死ぬのは心残り?」
世良はキッパリと言い切った。
「はい。絶対に後悔すると思います」
(ああセラ、このコは根っからのスプリンターなんだな)
長距離走では何処でスピードアップして仕掛けるか、壁となる味方選手の配置などの戦略的駆け引きが必要となる。しかし短距離走ではただただ全力でゴールを目指すのみだ。鍛えた己の肉体を信じて。
(いつも全力で……本音でぶつかってくる)
「でも震えてる。怖いんだろ?」
「そりゃそうですよ。初めての経験になるんですから」
水島は初めての性交渉の時も緊張しなかった。彼にとっては溜まった精を放出するだけの作業だった。終わってからもこんなものかと思っただけだった。
だのに今は胸がいっぱいになる。目の前の少女が愛おしくて仕方が無い。
残った僅かな理性で水島は確認した。
「一度キミに触れたら、きっと僕は止まれなくなる。たとえセラが痛がっても。それでも僕を望む?」
「望みます。むしろ途中でやめたら許しません」
限界だった。水島はベッドに世良を押し倒して彼女の唇を奪った。
水島が己の性欲処理の為に、かつて田町杏奈をこの部屋へ連れ込んだことが有った。その時には無かったはずの、洗濯されたと思しきシーツがベッドにセットされていた。
「シーツが新しくなってる……」
ボソリと呟いた水島の感想を世良が拾った。
「はい。シャワー前にリネン室から持ってきてセットしておきました」
「え、セラがしたの?」
世良は少し恥ずかしそうに目を伏せて頷いて、シーツが敷かれたベッドに腰を下ろした。
水島は思考の処理に時間がかかった。世良に共に過ごそうと誘われた部屋。それだけでも驚きなのに、ご丁寧にベッドメイクまでされている。
(おいおいおい、セラは僕を誘っている……? 手を出してもいいってことか? いやでも、違った場合は底が見えない落とし穴にハマることになるぞ)
最近自分へ好意的に接してくれるようになった世良。ようやくここまで来たのに、誤った選択をして彼女の心を閉ざしたくない。水島はいつになく慎重になった。
世良の隣へ座ったが、肩を抱くことを我慢した。舞台装置が揃った状態で世良に触れたら、水島は止まれなくなると自覚していたのだ。
世良が水島を横目で窺った。
「いつものように触らないんですか? キスしたりとか」
(コイツ挑発してんのか? 何のつもりだ?)
彼女の真意が判らない。不安になった水島はいつもの軽口で誤魔化した。
「ま~ね~。流石にベッドの上で手を出しちゃマズイでしょ。僕としても淫行で捕まることは避けたいし~?」
「そう……。そうですよね」
声のトーンと肩を下げた世良。水島はいよいよ解らなくなった。
「セラ、残念がってるの?」
「はい。私はコハルさんと…………
したかった
ので」「………………」
一拍空けてから、水島の頭に鈍器で殴られたような衝撃が走った。
「恥ずかしい。ちょっと独りで突っ走っちゃいました」
「………………」
「
それ用
の部屋を用意する女子高生なんて引きますよね?」「………………」
「ごめんなさい。今回のことは忘れて下さい。明日からまた普通に接してくれると嬉しいです」
「………………」
ベッドから立ち上がろうとした世良を水島は止めた。
「ちょい待て! どういうことだ!!」
腰を浮かしていた世良は、水島の大声に驚いて再びベッドへ
「え、あ……?」
「アンタどういうつもりなんだ!」
「す、すみません。勝手にコトを進めようとして……」
「そこじゃねえよ!!」
完全に怯えた表情になった世良を見て、マズイと思った水島は一つ息を吐いて気持ちを落ち着けた。
「……怒ってるんじゃないんだ。アンタの本当の気持ちが知りたいだけだ」
「………………」
「僕としたいって……アレか? セックスしたいってことか?」
ぼかさずに水島は聞いた。この大事な局面で勘違いはしたくない。
セラは唇を一文字に結んで、それからゆっくり頷いた。
「!…………」
水島は信じられないという面持ちで世良を見た。ほんの数時間前、台所でキスした時はそれ以上の行為を拒まれたのに。
「アンタはどうして急に……」
水島は世良の心境の変化に思い当たった。今日の探索だ。
「……そうか。僕が世良を助けたから。だからお礼に身体を差し出そうとしているんだな?」
これで苦労せず世良を抱ける。ずっと望んでいた肉体が目の前に有る。それなのに水島は嬉しくなかった。
(義理ってことか)
それが彼の心の奥に引っ掛かる。虚しい。
静かに世良は言った。
「お礼で差し出すというのは違います。きっかけは助けられたから……と言うより、生き延びたからですね」
「?」
「私あの時、ああ自分は死ぬんだって思ったんです」
世良は獅子蛇に襲われたことを思い出して遠い目をした。
「ほんの数秒間でしたけど、いろんなことが頭をよぎりました」
「走馬灯ってヤツか」
「なのでしょうか。そういう時って過去のことを思い出すって聞きましたが、私の場合は欲がぶわ~って沸き上がったんです」
「欲?」
「はい。今年も国体に出たかったな~とか、大学か実業団に入って走り続けたかったな~って」
「陸上のことばっかじゃん」
死が迫っているのに世良らしいと水島は苦笑した。
「はい。九割がた陸上のことでした。でも最後に、コハルさんの顔が浮かんだんです」
「え……」
世良は水島へ笑顔を向けた。
「コハルさんとお付き合いしたかったな~って。それが最後に出てきた欲でした」
「!…………」
心音が速くなっていく。水島は拳をぎゅっと握って
「陸上九割で、僕は残りの一割?」
「割合で言うとそうです」
「思い出したのも最後?」
「でした」
「ハハハッ、僕の扱い酷い! でも嬉しいよ、思い出してくれてありがとう!!」
本心だった。最後の最後に自分を思い出してもらえた。世良の心の奥底に、確実に水島の存在が息づいているのだ。
「今日は生き延びられたけど、明日も生きていられるかなんて判りませんよね?」
「……そうだな。迷宮が手強くなってきた」
「だから、生きている内にできることはやっておきたいんです」
「僕に抱かれないまま死ぬのは心残り?」
世良はキッパリと言い切った。
「はい。絶対に後悔すると思います」
(ああセラ、このコは根っからのスプリンターなんだな)
長距離走では何処でスピードアップして仕掛けるか、壁となる味方選手の配置などの戦略的駆け引きが必要となる。しかし短距離走ではただただ全力でゴールを目指すのみだ。鍛えた己の肉体を信じて。
(いつも全力で……本音でぶつかってくる)
「でも震えてる。怖いんだろ?」
「そりゃそうですよ。初めての経験になるんですから」
水島は初めての性交渉の時も緊張しなかった。彼にとっては溜まった精を放出するだけの作業だった。終わってからもこんなものかと思っただけだった。
だのに今は胸がいっぱいになる。目の前の少女が愛おしくて仕方が無い。
残った僅かな理性で水島は確認した。
「一度キミに触れたら、きっと僕は止まれなくなる。たとえセラが痛がっても。それでも僕を望む?」
「望みます。むしろ途中でやめたら許しません」
限界だった。水島はベッドに世良を押し倒して彼女の唇を奪った。