たとえ話

文字数 1,453文字

 ある国に、年老いた大金持ちの長者がいた。財産は数えきれないほどで、多くの田畑や邸宅を持ち、召し使いたちを大勢抱えていた。この屋敷は広大なのに、門はたったの一つしかなかった。屋敷の中には人が大勢出入りしていて、百人、二百人もしくは五百人もの人々が、常にいた。ところが、立派なはずの建物は壊れかけたまま古くなり、土塀は崩れ落ちてしまっている。柱の根元は腐り、梁、棟は傾いていて、まったく危険な状態だ。
 ある日、突然火事が起こり、この家に瞬く間に燃え広がった。ところが、この長者の子供たちは、十人、二十人、もしくは三十人もが、この家のなかにいた。長者は火が四方から燃え上がるのを見て、驚きおののいて思った。
 -“私は無事に燃えている門から出ることができたが、子供たちはまだ火宅のなかにいる。楽しい遊びに夢中になっていて、火が迫っているのにも気づいてない。苦痛が自分たちの身を責めているのに、心は嫌がらず、思い悩んでなどいない。だから、自分から外に出ようというつもりもない”
「君たち、速く出ておいで」
 と、長者は言った。
 父は憐れみ、ふびんに思って、正しい言葉で導き、諭そうとするのだが、子供たちは楽しい遊びに熱中していて、父の言葉をうなずいて信じたり、聞き入れたりはしてくれない。驚いたり、怖がったりもしていないので、まったく外に出ようとする気持ちがない。どこが火事で、家が何で出来ていて、一体何を失うことになってしまうのかも知らずにいる。子供たちは東へ西へふざけて走り、ただ父を見るばかりだった。
 -“この家は大火に焼かれているから、私もこの子たちも外に出ないと焼け死んでしまう。今は方便を使って、この災いから子供たちを逃れさせよう”
と、長者は考えた。
 父は、子供たちが珍しいおもちゃや変わったものを喜ぶと知っていたので、こう呼びかけた。
「君たちが好きなおもちゃ、なかなかお目にかかれない珍しいおもちゃがあるよ。取りに来ないと、あとできっと後悔するよ。羊の車、鹿の車に、牛の車が、いま門の外にあるんだよ。これで遊びなさい。火宅からすぐに出てきなさい。欲しいものは皆にあげるから」
 子供たちは父が珍しいおもちゃだというのを聞いて、とても欲しくてたまらなくなり、心勇んで、先を競って火宅を出た。
「お父さん、あげるっていった、おもちゃの羊の車、鹿の車、それと牛の車をくださいな」
 長者は子供たちみんなに、等しく大きな牛車を与えた。車は立派に数々の宝石で飾られ、ゆったりとあでやかな作り。それを曳く白牛は、美しく清らかな肌にたくましい筋肉の足で、まっすぐに、風の様に速く歩く。そしてその牛車に、大勢のお供の者たちがついている。
長者は、こう考えたのだった。
 -“私の財産は極まりないのだ。小さなつまらない車を子供たちに与えるべきではない。この幼ない子供たちは皆我が子なのだから、特にだれかを偏って愛するということもしない。また、私は七宝の大車を無数に持っているのだから、平等な心で皆に与えよう。差別など、すべきではない。なぜなら私は、これらの大車を国中に与えたとしてもまったく乏しくならないのだから。子供たちに与えるくらいたいしたことではない”

 子供たちは大きな車に乗って、いまだかつて味わったことのない思いをした。だが、子供たちがもともと望んだのとは違う車をもらったわけだ。長者は、子供たちに平等に尊い宝石の立派な車を与えたのである。はたして、これは嘘をついたことになるのであろうか?
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