ラージャグリハの悲劇

文字数 1,518文字

 古代インドの大国、マガダ国の王都・ラージャグリハ(王舎城)にアジャータシャトル(阿闍世・生まれる前からの英雄、という意味。別名の婆羅留枝は指の折れ曲がった者、という意味)という王子がいた。
彼はデーヴァダッタという悪友にそそのかされて、父王たるビンビサーラ王を七重の牢屋に幽閉してしまった。さらに彼は、臣下たちが父に面会することさえ禁じてしまった。

 彼の母たる王妃ヴァイデーヒー(韋提希夫人)は、王を愛していた。王の窮状を救うため、彼女は入浴して身を清めてから、全身に〈蜂蜜を加えた乳酥を小麦粉に混ぜたもの〉を塗りつけ、装身具には葡萄汁を入れて、ひそかに王に差し入れをしたのだった。
 ビンビサーラ王はそれらを食べて力を得た。そして霊鷲山にましますシャーキャムニ仏陀にむかって合掌して申し上げる。
「世尊よ、どうか慈悲心でもってお聞き入れ下さい。私の親友マウドガリヤーヤナ(目連・仏十代弟子のひとりで神通力第一)尊者をお遣わしになって、私に心安らかとなる〈八斎戒〉をお授け下さい」
 マウドガリヤーヤナは、鷹のごとく、隼のごとく飛び渡って来て、王に〈八斎戒〉を授けた。
 また同様に、仏陀はプールナ(富楼那・仏十代弟子のひとりで説法第一)をビンビサーラ王のところに遣わして、説法を聞かせたのだった。
 このようにして二十一日が過ぎた。王は蜜菓子を食べ、また尊い説法を聞き続けていたので、顔色は和やかに悦びに満たされていた。

「父は、まだ生きているのか!?
 アジャータシャトルは門番を問い詰めた。
「王妃はひそかに〈蜂蜜を加えた乳酥を小麦粉に混ぜたもの〉を体に塗り付けており、装身具のなかに入れた葡萄汁と共に王に差し上げておらるのです。また仏弟子のマウドガリヤーヤナ様とプールナ様が空からやってきて、王に説法をしています。そのおかげで、王の心は非常に安らいでおられます。わたしには、それらを禁じることができないのです」
 それを聞いて、アジャータシャトルは怒り出した。
「母は賊だ!賊人である父と共にいるからだ!そして仏弟子は悪人だ!あやしい呪術によって、王を死にたくない気分にしているからだ!」
 言い終えるや否や、彼は刀を手に取り、母を殺しに行こうとした。
 この国の臣下に、チャンドラプラディーパ(月光)という人物がいた。聡明で知恵多い人であった。彼は医師ジーヴァカ(耆婆)といっしょに王に敬礼して申し上げる。
「アジャータシャトル大王よ、古からの伝承を伝える『ヴェーダ』には、こう書かれています。“今までに、様々な悪王がいた。王位を奪うために父を殺害した者は一万八千人である”と。しかし、非道にも母を殺した王がいるとは、聞いたことがありません。もしも大王自らがこの殺害による逆罪をなされば、クシャトリヤ・カースト(王家の血)を汚すことになりましょう。わたしどもは、聞くに耐えません。そのような振舞いは、カースト外のチャンダーラ(賤しい身分で、立派な人間とみなされなかった)のなすことです。そうなると、もうあなた様をここに住まわせるわけにはいきません」
 そう言うと、剣の束に手をかけ、間合いを取るために後ずさりを始めた。
 アジャータシャトルは恐れをなして、ジーヴァカにすがるように問いかける。
「ジーヴァカよ!そなたは、いつもわたしの味方だったではないか?」
「大王よ、慎んで、母上を害なさることのございませんように」
 頼りとしていたジーヴァカにもそのように諭され、ついにアジャータシャトルは懴悔し、剣を捨て、母を殺すことを思いとどまったのだった。しかしそのかわりに母を深宮に幽閉し、出られないようにしてしまった。
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