般若波羅蜜を求めて

文字数 2,407文字

仏陀はスブーティに語り始めた。
「スブーティよ。
 人々は〈サダープラルディタという大いなる菩薩〉のように、〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉をたずね、求めるのがよいだろう。
 それはこのような話である。

 かつて〈サダープラルディタ(いつも泣き続ける者)〉は、みずからの身体も惜しまず、命をもかえりみずに、〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉を求め続けていた。

〈サダープラルディタ(いつも泣き続ける者)〉が〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉を求めながら森にいると、空から声が聞こえてきた。
『善良な若者よ。
東のほうへ行くがいい。そうすれば、お前は〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉を聞くことになるであろう。

 お前は、疲れや眠け、食事や飲み物、昼や夜、暑さや寒さにとらわれずに行かねばならない。
 内にも外にも心を奪われず、左右、上下、東西南北に目を奪われてはならない。

善良な若者よ。
 お前は、“私には〈自我〉がある”とか、“私には〈肉体〉がある”などと考えずに行くがよい。
〈姿かたち〉にも〈刺激〉にも〈経験〉にも〈好き嫌い〉にも〈知識〉にも動かされずに行くがよい。
それらに動かされる者は、道をそれてしまうからだ。
“道をそれる”というのは“〈仏陀の教え〉からそれる”ことであり、
“〈仏陀の教え〉からそれる”と、〈輪廻(生き死にの繰り返し)〉の世界をさまようことになる。
〈輪廻(生き死にの繰り返し)〉の世界をさまよう者は、
〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉を求めていることにはならないし、
〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉へと到達して手に入れるということもないのだ』

 その声に〈サダープラルディタ(いつも泣き続ける者)〉は答えて言う。
『わかりました、そうしましょう。そうして僕は、生きとし生けるものみんなに〈仏陀の教え〉という光をもたらしましょう!』

 それから、〈サダープラルディタ(いつも泣き続ける者)〉は“空からの声”にしたがって、東に向かって歩き出した。
 ところが、出発してすぐに、気がつく。

 ――しまった!どこまで行けばよいのか、あの“声”にお尋ねしなかったよ・・・!

 そう思って、彼はその場に立ち尽くし、涙を流して、嘆き悲しんだのだった。

 やがて彼は思い至る。
 ――よし、〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉のことを聞くまで、僕はここにとどまることにしよう。疲れや眠け、飢えや渇き、寒さや暑さにとらわれずに、七日七夜までもとどまるぞ!
・・・でも、いったいいつになったら、僕は〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉のことを聞けるのだろうか?
 

 このように激しく悩み続ける〈サダープラルディタ(いつも泣き続ける者)〉のまえに、如来たちの姿が現われて、ほめたたえるのだった。
『よいかな、よいかな。
善良な若者よ。〈過去の尊い如来たち〉も、〈菩薩(悟りを求める者)の修行〉をしていたとき、あなたと同じように思い悩みつつ、〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉を求めたものなのだよ。
あなたも努力して、勇気と熱意をもって、東へと向かって行きなさい。
善良な若者よ。ここから五百ヨージャナ(1ヨージャナは7km,11km,15kmなど諸説ある)行ったところに、〈ガンダヴァティー(香りに満ちたところ)〉という七宝でできた町がある。七重の城壁、七つの濠、七重のターラ樹の並木に囲まれた、縦横十二ヨージャナの町だ。
 この町には五百の美しい通りがあり、町全体が〈黄金の鈴の網〉で覆われている。風が吹くと、黄金の鈴は快く明るい音をかなでる。濠には〈七宝でできた美しい船〉が浮かんでいる。人々は、その船に乗って楽しみ、水面には一面に〈青い蓮、紅い蓮、白い蓮や、その他の美しく香りのよい花々〉が咲き乱れている。また、この町には〈七宝でできた五百の庭園〉がある。そして、庭園のまわりにも美しい蓮池があって、よい香りを放っている。

 〈ガンダヴァティー(香りに満ちたところ)〉の町、中央の四つ辻に、〈ダルモードガタ(法を湧き出させる者)菩薩大士〉の家がある。七宝でできた、周囲一ヨージャナの邸宅だ。七重の塀と七重のターラ樹に囲まれた屋敷だ。屋敷のなかに庭園が四つあり、それぞれの庭園に八つの蓮の池がある。
 この屋敷に、〈ダルモードガタ(法を湧き出させる者)菩薩大士〉は六万八千人の婦人たち、および召し使いたちとともに住み、五感の楽しみを満喫し、楽しんでいる。そして〈ガンダヴァティー(香りに満ちたところ)〉に住む大勢の男女も、五感の楽しみを満喫し、楽しんでいる。
 〈ダルモードガタ(法を湧き出させる者)菩薩大士〉は、しばし従者とともに遊び、楽しむが、その後で、日に三度〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉についての講義をおこなうのだ。
 町の中央の四つ辻で、その講義はおこなわれる。
 町の人々は、〈黄金、銀、瑠璃、水晶の脚の付いた椅子〉を置き、その上に綿の座布団を敷き、さらにカーシー産の絹をかける。美しい傘をさしかけ、花の雨をふらし、甘い香りの香を焚く。その清められ、高められた場所へ〈大いなるダルモードガタ菩薩〉は座り、〈純粋なすばらしい智慧(=般若波羅蜜)〉をみごとに説き広めるのだ。

 善良な若者よ。 
あなたは、〈大いなるダルモードガタ菩薩〉のところへと行きなさい。そこであなたは〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉を聞くだろう。

 彼もかつて、今のあなたと同じように、真剣に、狂おしく、〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉を求めていたのだ』

 このように聞いて、〈サダープラルディタ(いつも泣き続ける者)〉は大いに喜び、感動し、狂喜し、歓喜した。そして、
 
 ――僕に〈智慧の完成(=般若波羅蜜)〉を聞かせてくれる、その人に、いつ会えるのだろうか。

 という思いばかりが、彼の心を占めるのだった。
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