菩薩の段階

文字数 2,180文字

それから仏陀は他化自在天へとおもむき、〈摩尼珠を秘めて輝く宮殿〉のなかに入った。あらゆる世界から、大菩薩たちも大勢集まって来た。この大菩薩たちは、〈あと一度だけ輪廻を経れば無上の悟りに至ることができる=仏となれる者たち〉だった。「金剛蔵(壊すことのできない宝石を秘めた蔵)」という名の大菩薩が、これら大菩薩たちの筆頭だった。

 金剛蔵菩薩は〈仏陀の威神力〉を受けて、〈菩薩の大智慧光明三昧(大いなる知恵の光の境地)〉に入った。
 すると、十方の十億の仏の世界から、同じく「金剛蔵」という名の無数の仏たちが現れ、金剛蔵菩薩をほめたたえ、加護を与えた。そして仏たちが金剛蔵菩薩の頭をなでると、彼は〈菩薩の大智慧光明三昧〉から出て、集まっている菩薩たちに語り始めた。

「みなさん、仏の子たちよ。というものは、すべて深く定まっており、あやまちもなく純粋で、崩れ去ることもありません。虚空のように広がっていて、あらゆる世界の人々を包み込んで、救おうとするのです。だからこそ、すべての仏たちが守ってくださるのです。
どうして“そのような正しい願いを持ち、誓い通りやりとげることができる”のでしょうか?
それは、〈仏たちの智慧の境地(諸仏の智地)〉に入るからなのです。過去の菩薩たちは〈仏たちの智慧の境地〉に入り、仏となりました。現在・未来の菩薩たちも同じく〈仏たちの智慧の境地〉へと入るでしょう。
 この菩薩が修めるべき〈仏たちの智慧の境地〉へ至るには、十の段階があります。過去の仏たちも、未来の仏たちも、現在の仏たちも、この〈十の智慧の境地〉を説いておられるのです。
 この〈十の智慧の境地〉の名前を述べましょう。
 一 歓喜の地
 二 垢を離れた地
 三 悟りの明かりの地
 四 勇ましい焔の地
 五 勝利することの難しい地
 六 諸仏が前に現れる地
 七 遠くまで行く地
 八 不動の地
 九 善なる智慧の地
 十 法の雲となる地
です。
 この菩薩の〈十の智慧の境地〉を、過去の、現在の、未来の仏たちが説かれるのです。いろいろな仏の国で、この菩薩の〈十の智慧の境地〉が説かれないところはありません。一体どうしてなのでしょうか?この〈十の智慧の境地〉こそが、菩薩の“最上の妙なる道”であり、“輝く清らかな教えの門”だからなのです。
この〈十の智慧の境地〉について理解しようとしても、これは思いめぐらしてわかったような気になれるものではありません」
 このように十の段階(十地)の名だけを告げると、金剛蔵菩薩は口を閉じ、黙ってしまった。
 集まっていた菩薩たちは、を聞いて、その内容についてもくわしく聞きたいと思ったのだが、それがかなわず、なんともいえぬ焦燥感にかられていた。
 ――いったいぜんたい、どういうわけで金剛蔵菩薩はだけを語って、黙ってしまったのだろう!?
 
 集まっていた菩薩たちのなかに、「解脱月(けがれなき月)」という名の菩薩がいた。彼は菩薩たちの心のうちを察して、金剛蔵菩薩にたずねた。
「清らかな想いと智慧の君よ。あなたはどういうわけで、菩薩の〈十の智慧の境地〉の名称だけを述べて、説明することなく黙っているのですか?ここにいる大菩薩たちは、“どうして名称だけを述べて説明してくれないんだろう?”と、じれったく思っていますよ。みんな、解説を聞きたがっています。だからどうか、菩薩の〈十の智慧の境地〉の奥深い内容についても、説明してくださいな。
 今ここにいる大菩薩たちは、清らかでけがれなく、たしかな心を持ち、智慧に人徳をそなえた者ばかりです。みんな敬いの心を持ってあなたを仰ぎ、甘露のような説法を説いてくださることを願っているのです」
 これに対して、金剛蔵菩薩は、つぎのように答えた。
「のうちでも、いちばん不可思議で、なおかつになるのが、この“十地を理解すること”なんですよ。奥深く、見極めがたく、ふつうの考え方では分からないものなのです。を固く信じて、ダイヤモンドのように揺るがない人でなければ、かえって疑ったり迷ったりしてしまいかねません。“我欲を断ち切って、心をよく制し、心に引きずられない”あなた方、大菩薩ならよく聴いて理解できるでしょう。しかし、とは理解することのむずかしいもの。虚空に絵を描くように、疾風を手でつかむように、ほとんどの生き物たちにはが理解できず、信じられないのではないかと思って、わたしは黙り込んでしまうのです」
「ここにいる大菩薩たちは心がまっすぐで、清らかな者ばかりです。おろかさやうたがいを離れております。どうか、〈十の智慧の境地〉を説いて、私たちの智慧を清らかなものにしてください」
「たしかに、ここにいらっしゃる大菩薩たちは、清らかでうたがいを離れているでしょう。でも、“ちっぽけな教えで満足している人々”が、この奥深い教えをよく理解できなくて、かえってうたがったり、あなどったりして、そのことで〈生まれ変わり死に変わり(輪廻)〉のなかでいつまでも迷い続け、弱り続けるかもしれません。そうなるとかわいそうだから、わたしは黙っているのですよ」
「〈仏の威神力〉を受けた仏の子よ、お願いですから、“この不可思議な法は仏たちによって守られている”ことを理解して、私たちにわかりやすく説いてくださいませ。
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