菩薩の十段階

文字数 3,995文字

 十番目の〈法雲の地〉に至った菩薩だけが成し得る〈仏国の体性の三昧〉へと、金剛蔵菩薩は入った。
――その身のうちに、三千大千世界を厳かに飾っているすべてが現れ、そのすべてを覆ってそびえる仏の道場樹が現れる!
この大神力を、集まった生き物たちに示してから、金剛蔵菩薩は〈仏国の体性の三昧〉より出て、語り始めた。
「仏の子たちよ。
菩薩は、〈十の地〉を順々に行じて、やがて〈一切の智〉へと至るのです。あたかも雪に覆われた高山の清涼な池から流れ出した四つの川が、ジャンブー大陸(人の住む世界)をうるおして流れ、やがて大いなる海へと注ぐように――そのように菩薩の智慧というものも、〈悟りを求める心〉という水源から〈善行と大願〉という水が湧き出て、〈四つの救済の法(①施しを与える②慈しみの言葉かけ③人々の利益になる行い④人々と同じ作業をして苦楽を共にする)〉を通して、人々にうるおいを与えながら、やがて〈一切の智〉へと至るのです。
 仏の子たちよ。
〈菩薩の十地〉とは、すべて〈仏の智〉から生まれながらも、それぞれに違いがあるのです。ちょうど同じ大地から、偉大な“十の山の王”が生まれるように。
 山の王“雪山”には、ありとあらゆる薬草が生えています。
これと同様、菩薩が〈歓喜の地〉に至ったならば、世間の人々が考え出せるすべてのもの―学門や芸術、文学や呪文までも―が満ちているのです。
 山の王“香山”には、ありとあらゆる香りが満ちています。
これと同様、菩薩が〈垢を離れた地〉に至ったならば―戒を保ち、無欲で清らかな修行を積み、厳かな立ち居振る舞いや細やかな心配りが身に備わって―“品格の高い徳の香り”が満ち満ちるのです。
 山の王“軻梨羅(カリラ)山”は、すべて宝石でできています。“宝の華”をいくら摘んでも、尽きることはありません。
これと同様、菩薩が〈悟りの明かりの地〉に至ったならば、〈あらゆる世間の禅定と神通と解脱と三昧〉を集めることができ、いくら探しても尽きることがありません。
 山の王“仙聖山”も宝の山で、〈神通力をそなえた仙人たち〉が、無数に集まって来ます。
菩薩も〈勇ましい焔の地〉に至ったならば、(仙人たちが神通力を自在に操って解決するように)人々の迷っている様子を明らかに見て、様々な方法で教え導くことができ、〈修行僧(声聞)たちのかかえる難問〉にもいくらでも答えることができるようになります。
 山の王“由乾陀(ユケンダ)山”も宝の山で、〈夜叉の大神たち〉が無数に集まって来ます。
菩薩も〈勝利することの難しい地〉に至ったならば、(夜叉たちの持つような)〈思いどおりに何でも知ることの出来る力(一切の自在如意神通)〉を備えて、いくらでも法を説けるようになります。
 山の王“馬耳山”も宝の山で、いくら“妙なる宝の果物”を収穫しても、尽きることはありません。
これと同様に、菩薩が〈諸仏が前に現れる地〉に至ったならば、深く〈因縁の法〉を理解できるので、〈修行僧たちが苦労してたどりつく尊い教えの数々〉を、いくらでも説くことができるようになります。
 山の王“尼民陀羅(ニミンダラ)山”も宝の山で、すべての〈大力を持つ龍神たち〉が集まって来ます。
菩薩も〈遠くまで行く地〉に至ったならば、(大力の龍神たちのように自在な)〈種々の方便と智慧〉を集めることができるようになります。〈独りで覚りを得る修行者(独覚)〉たちの道も極め尽くすので、彼ら(独覚)の教えをも、自在に説くことができるようになります。
 山の王“斫迦羅(シャカラ)山”も宝の山で、〈心を自在に操れる人々〉が無数に集まって来ます。
菩薩も〈不動の地〉に至ったならば、(〈心を自在に操れる人々〉のように)〈一切の菩薩を自在に導く方法〉を集めることができ、〈時間と空間(世間)〉の性質や本質について、限りなく説明することができるようになります。
 山の王“宿慧山”も宝の山で、〈大神通力を持った数々の阿修羅たち〉が、尽きることなく集まって来ます。
菩薩も〈善なる智慧の地〉に至ったならば、(阿修羅たちが成し得るような)〈生き物の誕生と滅亡についての不可思議な智慧〉を集めることができ、〈時間と空間〉の姿のあらわれについて、限りなく説明することができるようになります。
 山の王のなかの王“須弥山”も宝の山で、〈無数の高貴な神々〉が、尽きることなく集まって来ます。
菩薩も〈法の雲となる地〉に至ったならば、(無数の高貴な神々が集まるように)〈如来の特別な十の知力と四つの自信(十力・四無所畏)〉を集めることができ、〈諸々の仏たちの極め、備えている“法”〉について、限りなく説明することができるようになります。

 これら偉大な山々も、ひとつの大いなる海に包まれています。同様に、〈菩薩の偉大なる十地〉も、ひとつの〈大いなる仏智、一切智〉に包まれているのです。
 この海は、十の特徴があるので、“不変なる、大いなる海”と呼ばれるのです。
 一 どんどん深くなり底が見えない
 二 生き物のしかばねなどの汚れを飲み込んで、なくしてしまう
 三 いかなる川の名水であっても、その名前を失ってしまう
 四 大いなるひとつの味である
 五 豊富に宝物を宿している
 六 深みを極め尽くすことはできない
 七 広大無辺である
 八 巨大な(偉大な)生き物の住まいとなっている
 九 飽くことなく潮の満ち引きを繰り返し、干満の時を忘れない
 十 いかなる大雨が降ろうとも、すべてを受け入れ、あふれることがない
という十の特徴です。
 〈菩薩の偉大なる十地〉も同様です。十の特徴があるので、“不変なる、偉大なる”ものとなるのです。
 第一の〈歓喜の地〉のなかで、だんだんと揺らぐことのない誓願が生まれてきます。
 第二の〈垢を離れた地〉のなかで、〈戒を破る〉という心には戻ることがなくなります。
 第三の〈悟りの明かりの地〉のなかで、〈ものごとのいつわりの名前〉が捨てられ、本質を明らかに見るようになります。
 第四の〈勇ましい焔の地〉のなかで、勇ましく修行に励んで、〈仏を一心に敬う清らかな信心〉が確立されます。
 第五の〈勝利することの難しい地〉のなかで、平等な心を修めることで、〈時間と空間のなかでの様々な導き方(方便)と神通力〉が生まれて、〈世の中のこと〉をすべて乗り越えます。
 第六の〈諸仏が前に現れる地〉のなかで、仏たちと常に共にいることができ、〈とても深い因縁の真相〉を見ることができるようになります。
 第七の〈遠くまで行く地〉のなかで、“三つの迷いの世界(三界)を離れ、仏の国へ行き、しかも三界も仏国も空であると知る”ので、広大な心が身に付き、その心で様々な物事やその成り立ちの真実について、正しく観察することができるようになります。
 第八の〈不動の地〉のなかで、“本来すべてのものは、生まれることなく、すがたもなく、壊れることも、去ることもないと深く知る(無生法忍)”ので、〈大いに尊く、厳かに飾られて見えている世界〉から目覚めることができるようになります。
 第九の〈善なる智慧の地〉のなかで、身につけた限りない智慧で〈仏となる道〉を正しい心で観察するので、〈如来の不可思議な智慧や思慮深さや心の境地〉が欲しくなり、そのように修行するので、“深い解脱を得て、ありとあらゆる物事の成り立ちを如実に知り、その境地を失わなく”なります。
 第十の〈法の雲となる地〉のなかで、〈一切の智〉を得て、〈如来の智信を得る三昧〉に入るので、“大きな宝の蓮華”に座ることができるようになります。そして、ありとあらゆる世界を自らの光で照らして導き、諸仏を供養することができるようになるので、あらゆる仏からそれぞれのすばらしい法の雨をそそがれて、しかもそのすべてを残らず受け止めることができるようになります。

仏の子たちよ。
菩薩の心のなかには“宝物”があるのです。
それはたとえるなら、〈大いなる摩尼宝珠〉のようなもの。
この〈大いなる摩尼宝珠〉は十の過程を経て、“あらゆる宝物を生み出す力”を得るのです。
 一 大いなる海から生まれて
 二 最上の職人によって精錬され
 三 精妙に整えられ
 四 汚れを取り除かれ
 五 火で磨きあげられ
 六 様々な宝で飾られ
 七 宝玉の紐を通され
 八 瑠璃でできた高い柱の上に置かれて、ようやく
 九 光明を四方に発し始めて
 十 (その持ち主である)王の想いのままに、さまざまな宝を雨のように降らすことができるのです。
これと同じ様に〈菩薩が悟りを求める心〉という“宝物”も、十の過程を経て“真の宝物”となることができるのです。
 一 初めて〈悟りを求める心〉をおこして、広く施しをして物惜しみすることから離れ
 二 〈戒(様々な心がけ)〉を保ちながら、〈無欲で清らかな苦行〉をして、煩悩を払い落とし
 三 〈様々な禅定(念をこらすこと)と解脱(苦しみから抜けること)と三昧(静かで高い境地を味わうこと)〉によって心を精妙にしてゆき
 四 修行をとおして清らかとなり
 五 〈方便(智慧へと導く方法)と神通(不可思議な力)〉によって自らを精錬してゆき
 六 “〈深い因縁の法〉を体得すること”によって厳かなふるまいや心を身につけ
 七 〈数々の深い方便と智慧〉とに自分の存在が貫かれることによって、ついに
 八 神通力が自由自在となり
 九 あらゆる生き物の在り方を観察して、〈教え導くことのできる智慧の光明〉を放つことができるようになり
 十 ようやく、仏たちの智慧の位を授かって、あらゆる生き物へと仏の力をそそぐことができて、仏の一員となることができるようになるのです」
 
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