ヴァイデーヒーの悲嘆

文字数 1,484文字

 ヴァイデーヒーは幽閉された。
 彼女は愁い悲しみ、また憔悴し切って、霊鷲山にまします仏陀にむかって礼拝し、申し上げる。
「如来たる世尊よ。その昔は、いつもアーナンダ尊者をお遣わしになって、私たちを慰問してくださいましたね。私は今、悲しみの淵におります。世尊は威徳も尊く構えていらっしゃいますから、今の罪人の私ではお目にかかることもかないません。願わくば、かわりにせめてマウドガリヤーヤナ尊者とアーナンダ尊者(阿難・仏十代弟子のひとりで聞法第一)を遣わしになって、お慰め下さいませ」
 言い終えて、王妃は泣き崩れつつ、はるかな仏陀を礼拝した。
 仏陀は離れた地で〈ヴァイデーヒーの心の想い〉を知り、瞬時にマウドガリヤーヤナとアーナンダを空から遣わした。そして仏陀自身も霊鷲山から王宮へとやって来た。
 深く礼拝していたヴァイデーヒーが頭を上げると、果たしてそこに仏陀が来ていたのである。その身体は〈紫を帯びた金色〉に輝き、〈百宝よりなる蓮華〉の上に座していた。そして左にはマウドガリヤーヤナを、右にはアーナンダを従え、虚空には〈神々の王たる帝釈天〉と〈世界創造主たる梵天〉、また〈仏法守護の四天王たち〉が、天の華を雨と降らしていた。
 ヴァイデーヒーは仏陀を見ると、悲しみのあまり身に着けていた首飾りを引きちぎり、身を地面へと投げ出して号泣するのだった。
「世尊よ!一体私にどんな前世の罪があって、このような悪い子を産んだのでしょう!そして貴方様も、どんな因縁があって、あのデーヴァダッタと親戚なのですか?
 どうか世尊よ、お願いですからもうこれ以上憂い悩みのない世界を私にお説き示し下さい。私はそこに往生しとうございます。もう、このジャンブー島(閻浮提・この世)の悪で濁り切った世界にはいたくありません。この〈諸々の悪で濁った所〉には〈地獄、餓鬼、畜生〉が充満しており、悪や罪をなす者どもがたくさんおります。私は未来には、悪人の声や話も聞かず、悪人とも出会わないようになりたいのです。心尽くしの誠を捧げて、懴悔いたします。どうかお哀れみ下さい。そして世尊よ、どうか〈清浄なおこないによって完成された世界〉を見させてください」
 王妃の話を聞き終わって、仏陀はその眉間から光を放った。光は金色に輝き、あまねく十方の世界を照らした。そして仏陀の頭頂へと光は戻り、それから〈スメール山のような偉大な山の形をした金色の台〉になった。そのなかには、十方の仏たちの浄土がすべて現われるのだった。〈ありとあらゆる宝(七宝)がより合わさって出来た仏国土(浄土)〉もあり、また〈すべてが純粋な蓮華だけの国土〉もあった。〈他化自在天(人々の喜びを我がものに出来る神々)の宮殿のような国土〉もあり、また〈水晶の鏡のようにすべてを映し出す国土〉もあった。

「世尊よ、確かにこれら〈数々の御仏方の国〉はどれも清浄で光明が冴えわたっておりますが、わけても私は〈極楽世界の阿弥陀如来のみもと〉に生まれさせて頂きたく存じます。どうか、私に〈想いの凝らし方〉をお教えになり、まさに極楽世界を受け入れられるようにお導き下さいませ」
 ヴァイデーヒーが申し終えると、仏陀は微笑した。そしてその口からは、〈五色の光〉が流れ出た。その光は離れた部屋にいるビンビサーラ王を照らし出す。幽閉の身のビンビサーラ王は、心眼でもって仏陀にまみえ、深く礼拝をした。すると、王の煩悩は自然に消え去り、〈迷いと苦悩の世界には二度と戻らない身(阿那含・悟りの位で、仏弟子の最高位・阿羅漢に次ぐ二番目の位)〉となったのだった。
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