現象としての世界

文字数 2,120文字

「〈現前の地〉に至ると――菩薩のまえに、〈百千万億の数限りない仏たち〉が現われます。
 菩薩はこれらの仏たちに、うやうやしく礼拝をし、尊敬をささげ、数々の供養を差し上げます。―仏たちの身をいたわり(衣服)、仏たちに活力を与え(食物)、仏の身と心を安らがせ(寝具)、仏たちの(様々な生き物たちに対する)心配事を取り除く手伝い(医薬)をして差し上げるのです。
 そのように仏たちに親しく近づき、その教えを聞いて忠実に修行し、すべての仏たちを喜ばせることができるようになれば、“何百千万億カルパ(1カルパは43億2000万年)のすべての善い行いの功徳”がつまった〈如来の教えの宝の蔵〉を特別に知ることができるようになります。菩薩は、ますます輝かしく、清らかになってゆくのです。
あたかも『真実の黄金は、瑠璃(青い宝石)で磨けば、よりいっそう輝きを増す』ように、菩薩がにとどまるならば、はとによって磨かれるので、〈菩薩の善良さ〉は、ますます清らかに輝くのです。
 あたかも『清らかな月の光は、見る人をすがすがしくして、どんな風にもさまたげられることはない』ように、菩薩がにとどまるならば、は人々の煩悩の火を消して、にもさまたげられることはありません。
 簡単に言えば、これが〈諸仏の前に現れる地〉です。この段階にいたった菩薩は、多くが〈善化自在天王〉となり、盛んにあふれる智慧でもって人々の慢心をなくし、にも自在に答えることができるようになるのです。また、広く施しを行ない、愛情のこもった言葉をこころがけ、人のためになることをして、みんなと苦楽をともにすることを喜びます。つねに仏を念じ、法を念じて、から想いが離れることはありません。
“わたしはあらゆる生き物たちの導き手となろう!もっとも功徳をつんだ者となって、頼りとなる者になろう!”と、決意するのです。
 この菩薩が“勇ましく力強く精進(努力)する”と、またたく間に〈百千億種類もの三昧(心の安定した境地)〉を得て、“百千億人の菩薩が仲間となる”のです。」
 
 *
 
金剛蔵菩薩は、歌でもって重ねて説く。

 「〈勝ち難い地〉を勝ち得た菩薩たちは知っている
 形あるものには実体がないことを 本質がないことを 生れることも滅することもないことを
 本来 常に清浄であるのだ これは戯れの言葉などではない
 形あるものには本質などない それをつかむこともない 捨てることもない
 それぞれの性質とは幻のごとく空しいもの 有無を離れて 分別を超えて在る
 このように知る者は いざ 入ろう〈現前する地〉へ

 覚りに従い耐え忍ぶ 智慧ある者は観察する 一切世界の生滅を 
 そして 無知の闇ゆえに世界は生まれ 闇なくなれば世界も生まれず
 因縁の法の中に 第一義の 揺るがぬ真理を見据えながらも 
 縁起によって結ばれる かりそめのものも損なわず
 真実 縁起をなすものもなく 縁起を受けるものもない 
 有るのか無いのかを観じれば 姿はあっても実(じつ)はなく まことに“縁起は雲のごとし”
 根源的な真理の義を 知らないことを名づけて〈無明〉となす 
 〈無明〉のゆえに思いをなし 言葉と身体で〈業〉を生む 
 過ちから罪が芽生え 罪からいいわけが生まれ 
 このように広がって 生き死にの苦しみにまとわれる
 不確かな三つの世界は むさぼる欲から作られる
 十二の罪の因縁は ひとつの心のなかにあるのだ 
 知るがよい 生死は汝の心のなかに
 “心を滅する”ことを成し得れば “生死もすなわち尽きん”
 
 〈無明〉には二つの姿がある 
  ―いやらしい欲から〈業〉をかき集めつつも 
  ―老いて死しては集めたすべてを壊しながら散り々々にする
 どちらに想いを致しても つぶさに苦悩が生まれるが
 これらの想いが尽きれば また苦悩も尽きるだろう
 〈無明〉を握りしめるゆえに 苦しみは連なる
 因縁を滅ぼせば 苦しみの連鎖も断ち切られるだろう
 〈おろかさの闇(無明)〉と 〈すがりつく欲望(愛取)〉とが 煩悩の道であり
 〈うろたえてはいずりまわること(行)〉と 〈とらわれて在ろうとすること(有)〉が〈業〉なのだ
 そのほかは 知るがよい “すべて苦しみなり” と
 もろもろ重なりて 形をなす
 そのたね 滅すれば 果実もまた滅びる

 智慧ある者は観察する 
 生れては 滅する 在り方に そもそもなんら実体はなく
 “すべては〈空〉なり” と見抜いている

 このように より合わさって成り立っている 物の道理を眺めるなら 
 すべては夢また幻のごとし 
 作り出す者もなく 受け取る者もない

 このように 因縁を観察して 
 智者は〈空〉なる真理を 身に修めるのだ

 知るがよい
 菩薩とは
 あらゆる命を憐れんで 大悲の心を持ちつつも
 苦しみからの解脱を求めて
 無量の功徳をそなえる 仏を敬い願う者なのだ
 “もろもろの 在ると見えているものは みな縁により成り立つに過ぎない”と心得て
 その智慧を いよいよ確かなものに 飽くことなく 磨き続ける者なのだ と」
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