消えた部屋(4)

文字数 2,027文字

──まさか……そんな……。

「ウソ……だろ?」


黙るわたしを、海翔くんがスマホと交互に見ながらつぶやく。

彼も同じ結論にたどり着いたらしい。

でもかたい表情から、納得がいかないという気持ちが伝わってくる。



「そんなこと、あるわけねえし」



ちょっと強い口調で海翔くんは言った。



「うん……あるわけないよね……」



しばらくのあいだ、わたしも海翔くんも黙っていた。

だけど……



「……大丈夫? あんた、なんか泣きそうになってる」



気を使ってくれたのか、海翔くんが先に口を開く。



「……大丈夫」


──どうして……こんなことに……?



思わずバッグを両手でにぎりしめる。

そのとき──



──わたしのスマホは……!?



なにかわかるかもしれないと思い、急いでバッグの中を探す。



「あった……!」



あわてて取り出し、画面を見たけれど、充電切れになっていた。



──そんな……。これじゃあ、どうしようもない……。



小さくため息をつきながらスマホをしまおうとしたとき、待って、と海翔くんに止められる。



「そのスマホ、珍しいな。ちょっと見せて」

「えっ……いいけど普通の機種だよ」



スマホを手渡したとたん、海翔くんが目を丸くする。



「うわ、軽いな。軽いし……こんなデザインあるんだ?」



海翔くんはわたしのスマホを、ものめずらしそうに眺めている。



「そんなに変わってる?」

「はじめて見たな、こんなの」

「はじめて……」



言われてみれば、さっきの海翔くんのスマホはずいぶん古い機種のような気がする。



──こんなの、どこにでもあるスマホなのに……。

──そうか……やっぱり、そうなんだ……。



「海翔くん……」

「ん? なに?」

「それ……普通のスマホ。流行りだし、みんな持ってるよ……」

「えっ? 流行り……って……」



海翔くんの表情が変わる。



「これが……?」



わたしのスマホを見つめて吐かれたつぶやき。

消えそうな声が、海翔くんの戸惑いをあらわす。

もう確信するしかなかった。



──わたしは……7年前の世界に来てしまったんだ。



「……充電切れてんじゃん。はい」

平気なふりをして、海翔くんがスマホを差し出す。

「……」



手渡されたスマホを、ほとんど無意識ににぎりしめる。



──どうして……こんなことに……?


「……とりあえず、今晩どうすんだ? もうあの部屋にはもどれないだろ」

「あ……」


──そうだ。わたし、家がなくなっちゃったんだ……。

──ううん、家だけじゃない。なにもかもだ……。



この状況を受け入れられるかどうかには関係なく……ありとあらゆるものを、なくしてしまったことになる。



──これから、いったいどうすれば……


「比呂ちゃん、行くとこなくなっちゃったの?」

「え……!?」



いつの間にか、流風くんがそばに立っている。



「お、お前っ、立ち聞きしてたのかっ」



海翔くんがむぎゅう、と流風くんの頬をつねる。



「イタタタ! もうっ、なにすんだよっ!」



パッと海翔くんから逃れた流風くんだったけれど、

その手には海翔くんのスマホがにぎられている。



「い、いつの間に!」

「事情はわかんないけど、とにかく緊急事態なんだね。ボクにまかせて」



流風くんは、取り返そうとする海翔くんをひらりとかわし、どこかに電話をかけはじめる。



「なんで、お前がロック解除できんだ!?」

「海翔の考えるパターンなんて、単純だからすぐわかるよ。……あ、もしもし、おじいちゃん?」


──マサミチさんに電話を……?


「ボクだよ。あのね、比呂ちゃん、今日、家に入れなくなっちゃったんだって。ウチに泊まってもいい?」

「ちょ、ちょっと、流風くん!? そ、そんなムチャ言ったら──」

「おじいちゃん、OKだって」

「え!?」


「お前……メチャクチャ行動早いな……」

「まあね。感心した?」

「ああ……って、なわけねえだろ! なに勝手なことしてんだよ!」


「さ、帰ろうよ。おじいちゃん、比呂ちゃんの夕食も用意しとくって」

「そ、そんなことまで……!?」

「ほら、行くよ」



タタッと軽快な足音がして、すぐに流風くんの姿が公園の木々の向こうに消える。



「おいっ、流風! またひとりで……ったく、仕方ねえな」



海翔くんは憮然としてわたしを見る。



「……行くぞ」

「で、でも……」

「いいから走れ!」



そう言うと、海翔くんがいきなり駆けだした。



「あっ、ま、待って!」



ひとりになるのが怖くて、わたしは夢中で海翔くんの背中を追いかけた──。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み