出会い(3)

文字数 1,576文字

──かなり変な人だったな。


「ま……いいや。ホントにもう帰──……あっ!」



肩にかけていたバッグが落ち、中のものが地面に散らばってしまった。

スマホ、お財布、たまたまバッグに入れていたバレッタ……

見るみるうちに、ぜんぶ雨にぬれていく。



──た、大変だっ!



あわててかがみ込み、手あたりしだいに拾い集める。

水気を切りながらバッグに放りこみ、これでぜんぶかと辺りを見まわすと、

古葉村邸の門の前にキラリと光るものが見えた。



──ハーモニカ……!



ルミ子さんからもらったハーモニカをすっかり気に入り、

いつもバッグに入れ、持ち歩いていたのだった。



──傷ついてないかな。



急いで門のところへ行き、拾いあげようと手を伸ばした、その瞬間──



「あ……」



雨に打たれていたハーモニカを、華奢な子どもの手がつかんだ。

見あげると、10歳ぐらいの男の子がわたしに傘をかたむけている。



「はい、どうぞ」



ニコッと微笑みながら、男の子がハーモニカを差し出す。



「ありがとう……」


──この子、いつからいたんだろう……。



ハーモニカを受け取りながら、じっと男の子を見てしまう。

白いボタンダウンのシャツにデニムのハーフパンツ。

さしているやたら大きな傘は、親のものを借りているのかもしれない。

くりっとした好奇心の強そうな目が、わたしとハーモニカを交互に見る。



「お姉さん、ハーモニカが吹けるの?」

「え……ま、まあ……少しね」

「ボク、聞いてみたい。家の中で聞かせて」

「家の中?」

「うん」



男の子がいきなりわたしの手を強くにぎる。



「えっ、ちょっと?」

「早く早く」



ぐいぐいと引っぱられ、戸惑いながら立ちあがる。



「ど、どこに行くの?」

「だから、ボクの住んでる家」



男の子は門扉を押し開くと、わたしをさらに引っぱった。



──家って……古葉村邸!?



男の子は驚いているわたしにおかまいなく、手をにぎりしめたままアプローチを歩き続けた。



   ※   ※   ※



男の子に連れられ、洋館の玄関へやって来た。



──やっぱり、この家ってすごい……。



吹き抜けの広々としたスペース。

玄関ホールから2階にかけてカーブを描く優雅な階段。

敷きつめられた赤い絨毯……。



──明治・大正レトロというか……もはや歴史的建造物……。



「お姉ちゃん、雨にぬれちゃったね」



男の子がわたしを見あげて言う。



「これくらい大丈夫だよ」

「今、おじいちゃんに新しいタオル出してもらうから」

「えっ、わたし、もう帰──」

「ちょっと待っててね」



男の子はそう言い、小走りで洋館の奥へと消えてしまった。



──行っちゃった。おじいちゃんって、ここのご主人のことだよね。

──いきなりでびっくりするだろうな。

──あれっ、ご主人は旅行中だったんじゃあ……?

──もうなにがなんだか……。とにかく家に帰りたいよ……。

──でも、黙って帰って男の子をがっかりさせるのもかわいそうだし……。



そんなことを思っていると……

上階でドアの開く音が響いた。



──あの人……。



さっき出会った背の高い男が、わたしのほうを見ながら階段を降りてくる。



──忘れてた……。さっきの人もここの住人だった。



「あんた、やっぱり用があるんだ?」



ひとりで玄関にいるわたしに、驚く様子もない。



「誰に用? じいさん?」



言いながら、男がこちらへ歩いてくる。



「い、いえ……あの……」



そのとき、後ろで玄関のドアが開く。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み