決意(1)
文字数 1,932文字
真夜中にふと目がさめてしまい、わたしはキッチンへ下りてきた。
──なにか飲んでから寝よう……。
そのとき──
急にキッチンのペンダントライトの明かりがつく。
「わっ!?」
「うわっ!? ……なんだ。比呂か」
明かりをつけたのは、海翔くんだった。
「か……海翔くん、いたの……」
──顔見るの、何日ぶりだろ……。
ここ数日、海翔くんは食堂にも下りてこないし、バイトにも知らないうちに行ってしまっていた。
部屋まで食事を運んでも、いつも作曲に集中しているから、名前を呼ぶことすら久しぶりだった。
──なんか……緊張する。
気持ちがそわそわして落ち着かない。
「こ、こんな夜中にびっくりさせないで」
「……そっちこそ」
ペンダントライトの弱い光で照らされている表情が、どことなく疲れて見えた。
「お腹……すいたの?」
「ちょっとね」
海翔くんは冷蔵庫の扉を開け、中をのぞき込む。
「あ、プリンだ。これ食べてもいいのかな」
「うん、いいよ」
すると海翔くんは容器についていたスプーンで、あっという間にプリンを食べてしまった。
「ごちそうさま。うまかった」
「そのプリン、マサミチさんが散歩に行ったついでに買ってきてくれたんだよ」
「ふうん。じいさん、今日もヒマだったんだな。たまには会社に顔出せよってカンジ」
「会社って?」
「じいさんの会社。いくつ持ってるかは忘れた。なにもしなくても勝手にまわってるからって、遊び呆けてんだよな」
「すごいなあ……。でもきっとマサミチさん、海翔くんの知らないところでいろいろお仕事されてるんだと思うよ?」
「さあ……どうだろ」
そこでわたしたちの会話が途切れてしまう。
──なにを……言おう……。
オーディションのことに触れてもいいのか、それとも今は違う話をしたほうがいいのか……
考えがまとまらず、無口になってしまう。
しばらく沈黙が流れたあと、海翔くんが口を開いた。
「……あのさ」
「な……なに?」
「ごめん……」
「えっ?」
いきなりあやまられたことに戸惑いながら、海翔くんを見つめる。
海翔くんは、なぜか悔しそうに唇をかみしめている。
「どうしたの……?」
すると、返ってきたのは思いがけない言葉だった。
「曲が……作れない」
「作れないって……どういうこと?」
「曲の形にはなったんだけど……なにかが違うんだ。どこか……俺が本当に作りたいものじゃない感じがして……」
途切れ途切れになる声は弱々しくて、誰か知らない人の声のように思える。
「それに比呂も俺と組むの、乗り気じゃねえみたいだし……だからもう……この曲はあきらめたほうがいいのかもしれない。
俺、さんざん偉そうなこと言ったけどさ……。でも……」
海翔くんはすべてを言い終わらないうちにうつむいた。
キッチンは静まりかえり、冷蔵庫の低いモーター音が響いている。
海翔くんは黙ったままで、言葉を続けようとしない。
──海翔くん……。
昨日と同じ服。
くしゃくしゃの髪。
疲れきった表情……。
今にも崩れ落ちそうな姿に胸が痛んだ。
そして……少し怒りにも似た気持ちがわきおこる。
気がつけば、わたしは海翔くんに歩みよっていた。
「海翔くん……それでも曲、いちおうできてるんだよね?」
わたしの強い口調に、海翔くんがちょっと後ずさる。
「ま……まあね……。でも、比呂を納得させるような曲にはならなかった。
歌詞も気に食わない。俺には……ムリだった」
──ムリ? なんなの、それ……!?
海翔くんらしくない、ボソボソとした言い方に、わたしの頭の中でなにかが切れた。
「ちょっと! 自分が言ってること、わかってる!?」
「えっ……?」
唖然とした顔を向けられても、わたしの勢いは止まらない。
「人にガンコだとかなんとか言っといて!
俺も負けないって宣言したでしょ!?
なのに泣き言吐いて逃げるつもり!? だらしないなっ!」
「ひ……比呂……?」
「できたところまででいいから、さっさと聴かせなさいよ!」
ほとんど叫ぶように言ったあと、ハッと我に返る。
「比呂……怖すぎ……」
わたしに壁まで追い詰められた海翔くんが……
まるで天敵に出くわした小動物みたいにおびえていた……。