決意(2)

文字数 2,224文字

結局、テラスで曲を聴かせてもらうことになり……

わたしはキッチンでの発言をちょっと後悔しながら、海翔くんがギターを取ってくるのを待っている。



──強引だったかな。それに、考えもなしにいろいろ言いすぎたかも……。



そこへ、海翔くんがやって来た。

海翔くんは庭のガーデンチェアを引きよせて腰を下ろすと、ギターを膝に置く。



「なんで、こんな夜中にテラスで弾かされるんだよ?」



いつものちょっとふてぶてしい調子にもどっていることに、いくらか安心する。



「部屋にこもりっぱなしはよくないよ。とりあえず気分転換しなきゃね」



すると、海翔くんが肩をすくめる。



「……なんだ。俺、ロマンチックを求められてるんだと思った」

「なにそれ?」

「星、出てるし」

「星……?」



空を見あげる海翔くんに、わたしもならう。



「わ、ホントだ……」



都会とは違う澄んだ夜空に、おびただしい数の星がまたたいている。



「きれいだね。ははっ、うん、言われてみればロマンチックかも」



わたしは笑い、海翔くんも素直な笑みを見せる。



「星がきれいなのが、田舎のいいところだな。

こんだけ数えきれないくらいの星見れば、どんな問題も大したことじゃないってイヤでも思える」

「うん……」



ふたりで星空を眺めていると、海翔くんが口を開く。



「俺……最近ちょっと自分、追いこみすぎてたのかな」



そして、ふうっと小さく息を吐いた。



「短気おこさないで、もう少しがんばってみるか」

「海翔くん……。そうだよ、あせらなくていいんだから」


──海翔くんの表情、さっきまでと違う。

──いくらか吹っ切れたんだな。よかった……。


「……マジ、中途半端な出来なんだけど聴いてくれる?」

「もちろん! ……あ、楽譜は?」

「おぼえてる」

「そう……じゃあ、いつでもどうぞ」

「うん……」



海翔くんはうなずくと、ギターを静かにつま弾きはじめた。

前奏が流れたあと、聴きおぼえのあるメロディに海翔くんが歌詞をのせる。

歌はラブソング。

恋がはじまったばかりの淡い気持ちが伝わる、素敵な歌詞だった。


だけどサビの部分のメロディは、何度も聞いたオルゴールの曲とはところどころ違っている。

やっぱりそこが物足りなく感じてしまう。

それでも、曲はもうすでに強烈なきらめきを隠し持っている。



──あと少しなんだ……。あと少しで、完成する……。



そのとき、流風くんの言葉がよみがえる。


『自分の心に聞いてみればいいんだよ』


──自分の心に……。



曲はまだ終わってはいないけれど……

もう答えは決まっていた。


   ※   ※   ※



海翔くんがギターを止めて、わたしを見る。



「もしかして……泣いてる?」

「うん……少し」

「……なんで?」

「嬉しいんだ、わたし」

「嬉しい?」

「海翔くんが曲を作りあげるそのときに、一緒にいられるのが」

「え……? それって、もしかして……」



目を見はる海翔くんに、わたしはうなずく。



「曲作り、協力させて。わたし……海翔くんと一緒に歌いたい」

「……本気?」

「もちろん、本──……わっ!?」



いきなり腕をつかまれ、引きよせられた。



「ありがとう、比呂っ!」



そして立ちあがったと思うと、ギターを持ったままギュッとわたしを抱きしめる。



「ちょっ、海翔くん!?」



かまわず腕の力を強められ、ギターのヘッドがまともに背中にあたる。



「イタタッ!」

「わっ! 悪いっ!」



パッと離れた海翔くんの顔が、薄暗いテラスでもわかるくらい真っ赤になっていた。



「も、もう、び、びっくりするでしょ!」



思わず大声で言い、顔をそむける。



──わたしもきっと、海翔くんと同じくらい赤い顔だ……。



あせって、あたふたと意味もなく髪を直したりしてしまう。



「ホント……ごめん」



海翔くんがすまなさそうに頭を下げる。



「う、うん……」


──い、いきなりだったからドキドキしてる……。

──なんだか胸の音が身体中に響いてるみたいだ……。


「えっと……海翔くん……もう一度、歌ってよ」



戸惑う気持ちをごまかしながらリクエストする。



「せっかく……ほら、星も出てるんだから」



すると海翔くんは小さく微笑んだ。



「……そうだな。今まで星空の下でなんて、歌ったことなかったよ」



そう言って椅子に座り、ギターを奏ではじめる。

わたしはまた元の場所にもどり、彼を見つめる。



──どこまで……いつまで海翔くんの力になってあげられるかはわからない。

──だけど、わたしは自分にできる限りのことをしよう……。



心の中で誓いながら、歌に耳をかたむける。

ギターの調べと歌声がゆっくりと胸を満たす。



──やっぱり海翔くんの歌、好きだな……。



空を見あげると、気のせいかさっきより星が輝いて見えて、

今の時間が特別なものに思える。



──これって、確かにロマンチックかもしれないな。



そんなふうに思ったのがおかしくて、わたしはクスッと笑ってしまった。

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