ふたりの未来(3)

文字数 1,819文字

「海翔くん、聞いて──」

「待てよ、なんでいきなりそうなるんだよ?」



険しい口調で、海翔くんがわたしの言葉を切る。



「いきなりじゃない。

ホントは最初から、海翔くんとオーディションなんてムリだと思ってたの。

だけど、海翔くんの力になりたくて……わたしも出る覚悟をしたんだ。

オーディションが終わったら、海翔くんの前から姿を消すつもりで……」

「比呂……」

「でも今は違う。海翔くんと一緒にいたいから……だから、わたしは人目につくわけにはいかない。

わかって……海翔くん」



海翔くんの気持ちを裏切るようで、つらかった。

それでも、わたしは光のあたる場所に行くわけにはいかない。



「ごめん。約束したのに……」



しばらく海翔くんは黙っていた。

そして、ぽつりとつぶやくように言う。



「じゃあさ……比呂は一生、ステージには立てないってこと?」

「うん……」

「それでいいのか? 比呂は歌いたくないのかよ?」

「え……」



海翔くんの射抜くような目が、わたしの本心をあぶりだそうとする。



「それは……」


──歌いたくないって言ったら、ウソになる。



だけど、7年前の時間にいるわたしにとって、シンガーソングライターの夢は、決して叶えることのできない夢で……。

それに、今、わたしには歌うこと以上に大切なものがある。



「……歌えなくても平気だよ」



なんの迷いもなく、海翔くんの目を見つめる。



「歌えなくたって、ずっと海翔くんのそばにいられるなら」



ずっと、と言ってしまったことに少し胸が痛む。

それでも、今はこう言うしかなかった。



「……」

「海翔くんはひとりで……ハーヴとしてソロで活動してほしい」

「ハーヴ……」



海翔くんはゆっくり海のほうへと目をやり、膝の上で指を組んだ。



ふたりとも黙ったまま、長い時間がたったあと……

海を見ながら、海翔くんが静かに話しはじめる。



「……だよな。俺がひとりで歌うことでしか……そうすることでしか、比呂を守れないんだよな」

「海翔くん……」

「わかったよ。俺、ソロでやってく」



海翔くんはそう言って、わたしに笑顔を向ける。



「ごめんな。比呂にばっか先のこと考えさせて。

かなり子どもっぽかったよ、俺……。そろそろ大人になれって話だよな」



海翔くんが苦笑いと一緒にため息を吐く。



「なにも考えなくていいよ。海翔くんは海翔くんのままで……。

その代わり、わたしの分も歌って。プロになっても、いい歌たくさん作ってね」

「まだオーディションも受けてないのに気が早いな」

「フフッ、まあね」



わたしたちは、どちらからともなく笑った。

だけど、海翔くんの顔からふいに笑みが消える。



「で……まさかとは思うけど……

俺がプロになったら、姿を消そうとか考えてない?」

「え……」



思わず言葉を失うと、海翔くんが、

「やっぱりな……」

とわたしをにらむ。



「それだけは許さねえから。そんなことするなら、俺、プロになるのやめるからな」

「なっ──」

「今度こそちゃんと約束しろよ。ずっと一緒にいるって」

「で、でも、それは……」

「今の俺じゃムリかもしれないけど、必ず比呂を守れる俺になるって約束する。

だから……比呂も約束してほしい。

黙っていなくなったりしないって」

「海翔くん……」

「俺のこと、信じられない?」



まっすぐな瞳がわたしをとらえる。



──海翔くんが……守ってくれる……。



その瞳を見つめかえすと、不思議と心が静かになる。

なぜか、なんの不安もなくなっていく。



──そうだ……海翔くんと一緒なら、わたしは大丈夫。

──どうすればいいかなんて、きっとあとからいくらでも考えられる。

──海翔くんと一緒にいて、海翔くんを信じていれば……きっと……。



今、やっと心が休まる場所を見つけられたような気がした。

もしかしたら、わたしは生まれたときから、この場所を探していたのかもしれない……。



「ありがとう……海翔くん。わたし、ずっと一緒にいるって約束する」



言葉はそれだけしか言えなかったけれど……

海翔くんは照れくさそうに微笑んでくれた。


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