新しい場所(1)
文字数 1,862文字
翌朝。
わたしは庭で水撒きをしているマサミチさんのところへやって来た。
あるひとつのお願いをするために……。
すべてゼロからはじめればいい──。
そう覚悟を決めたら、わたしにもできることがあるはずだと自然に思えた。
※ ※ ※
そして、朝食の時間。
食堂にみんなが集まると、マサミチさんは話を切りだした。
「じつは比呂さんに、うちの家事をお願いすることになってね」
「それって……どういうこと?」
美雨ちゃんがキョトンとわたしを見る。
「これからはわたしがみんなのご飯作ったり、掃除したりするんだよ。
……と言っても、まだ慣れないし仕事も多いから、お手伝いさんには続けて来てもらうんだけど……」
家事のプロでもなんでもないわたし。
そのわたしが、こんな大きな洋館の仕事をさせてほしいだなんて、
無謀なお願いだったと自分でも思う。
でも、ここに置いてもらう限りは、なにか役にたちたかった。
──料理も掃除も自信があるわけじゃないけど……とにかく、わからない仕事は教えてもらうしかない。
いろんなことをゼロからはじめる。
古葉村邸での仕事はその第一歩だった。
「つまり……俺、食事当番から解放?」
海翔くんの目が輝く。
「ボクの部屋、掃除してもらえるの?」
期待に満ちた声で流風くんが言う。だけど、
「自分の部屋の掃除くらい自分でやりなさい」
とマサミチさんにたしなめられる。
「食事に関しては、朝食当番はそのまま。夕食は比呂さんとお手伝いさんに交代でお任せしようと思う」
「まあ、それだけでもかなり楽になるな」
海翔くんが満足そうにうなずき、流風くんもニコニコしている。
「やった……美雨の作った夕ご飯、食べなくていいんだ」
「は!? ちょっと、流風!?」
「ふたりとも、朝から大騒ぎするんじゃないよ」
またひともめしそうな雰囲気を、マサミチさんが穏やかにおさめる。
「さて……じゃあ比呂さんが作ってくれた朝食をいただくとしようか」
「え? 比呂ちゃん? 今日は海翔の当番なのに?」
「お兄ちゃん、ずるいよ。流風に当番代わってもらったの忘れたの?」
「あー? そうだっけ?」
わざとらしい海翔くんに、流風くんがあきれる。
「そうだっけじゃないよ。海翔、また寝坊したんだね」
「それはね、海翔くん、バイトで帰りが遅かったから……」
わたしがフォローしようとすると、美雨ちゃんと流風くんがふくれっ面になる。
「比呂ちゃん! もうお兄ちゃんのこと甘やかしたらダメ! 次に寝坊したら、たたき起こして!」
「サボるのがうまいんだよ、海翔は」
「は、はい……」
「まあ、今日のところはいいだろ?
これからは俺がサボらないように比呂が気をつけてくれれば済む話だし」
海翔くんがため息まじりに言う。
「そうだよね。ごめんなさい……」
──って、あれ? 今、なんであやまったんだろう……。
──海翔くんの堂々とした態度につい……。
「お兄ちゃん、調子にのんないでよ!」
「海翔はずうずうしいんだよ」
「おいっ! 今お前、上から目線でなに言ったっ?」
「ま、まあ、みんな、冷める前に食べない? ね?」
収拾がつかなくなり、どうしようかと思ったとき……
「あれっ、じいさん。なんでもう食ってんだよ?」
海翔くんの言葉に、みんなの視線がマサミチさんに集中する。
「ん? いただきますは、ちゃんと言ったよ?」
野菜サラダを食べながら、マサミチさんが微笑んだ。
「わたしたちのことほったらかしで、自分だけ先に!」
美雨ちゃんがムッとしながら抗議する。
「子どものケンカにいつまでも付きあってられないよ。僕はこれからクラリネット教室だからね。
お前たちもそろそろ時間じゃないのかい?」
「ホントだ! 学校はじまっちゃう!」
「そういや俺、約束あったんだ」
「あ、ボクも」
3人がいっせいに朝食をかきこむ。
──昨日も今日もバタバタだ……この家、いつもこんな感じなのかな。
みんなのパワーに押され気味だったけれど、なんとなくこれからの生活が楽しみになっていた。