セッション(3)
文字数 1,396文字
「あれ、じいさんもいたのか」
入ってきたのは海翔くんだった。
──あ、まだぬれたシャツ着たままだ……。
あまりに無頓着すぎて、少し心配になる。
そして海翔くんは、なぜか手にアコースティックギターを持っている。
「海翔。お前、ギターなんかやめたって大騒ぎしてたじゃないか」
「やめるのやめた」
なぜか偉そうに海翔くんが言う。
「……まあ、いつものことだ。驚きはしないよ」
──いつものこと……。なんか子どもみたいだな……。
「とにかく服を着替えてきなさい。そんなずぶぬれではお客さまに失礼だよ?」
「気にすんなって。だいぶ乾いてきたから」
マサミチさんに呆れ顔を向けられても、海翔くんはしれっとしている。
「でも……ギターに湿気はよくないですよね」
気がつけば、言葉が口をついて出ていた。
「はい? 湿気?」
海翔くんがわたしを見る。
門の前で出会ったときと同じく、怖いくらいにまっすぐな目だ。
「え、えっと、乾燥もあれだけど、やっぱり……楽器には……その……」
強すぎる目力に、たじたじとなる。
──よけいなことだったかな……。
──海翔くんって、人に意見されるの嫌いそうだし。
すると、海翔くんはギターをソファに置いた。
「うっかりしてた。着替えてくる」
こっちが脱力するくらい軽く海翔くんは言い、部屋を出て行った。
──い、意外に素直だ……。
「すみません、礼儀を知らないヤツなんです」
マサミチさんは苦笑いし、頭を下げる。
「あ、いえっ、そんな……」
勢いよくドアが開き、美雨ちゃんと流風くんが飛びこんできた。
「おじいちゃんがいないの……あれ、おじいちゃん!」
「なんだ、来てたんだ。海翔は?」
ふたりは口々に言って、マサミチさんにかけ寄った。
「今、着替えに部屋へもどったよ。またすぐに来るだろう」
「ん? お兄ちゃんのギターだ。どうしたの?」
美雨ちゃんがソファのギターに気づき、弦をつまんで音を立てる。
「セッションしようと思ってるみたいだね」
マサミチさんがわたしに笑顔を向ける。
「セッション……って、わ、わたしとですか!?」
「もちろん。海翔はバンドをやってるんですよ。でも、メンバーとケンカしたらしくてね。
しばらくなんの楽器にもさわってなかったから、うずうずしてるんじゃないのかな。着替える時間すら惜しいようだったし……」
「お兄ちゃんのギター、久しぶり!」
「比呂ちゃんに来てもらってよかったな」
「そ、そう言われても……」
──すごく……期待されてる……。どうしよう……。
みんながわたしに向けるワクワクとした目に、ものすごいプレッシャーを感じてしまう。
「ハーモニカは……その……何度も言ってるけど、本格的にやってたわけではなくて──」
「美雨、比呂ちゃんと海翔が演奏しやすいように、ソファの位置を変えようよ」
「うん! おじいちゃんも手伝って!」
「はいはい。そうだ、譜面台も用意しよう」
──ああ……どんどん準備が整えられていく……。
大きなステージに立つわけでもないのに、わたしの手のひらにはじんわりと汗がにじんでいた。