知らせ(1)
文字数 2,926文字
レコード会社のオーディションに応募した海翔くんは、
年末の音源審査を通過し……
その2か月後に行われたスタジオ審査の結果が、今日、発表されることになっていた。
──合格なら、サイトに出る前に自宅へ連絡があるらしいけど……
いったい何時ぐらいにわかるんだろう。
庭の落ち葉をホウキで掃きながら、わたしはずっとそわそわしている。
──電話、鳴らないな。朝から待ってるのに、まだなのかな……。
──あ、あれ?
気がつけば、落ち葉が見あたらないくらい辺りを掃きつくしてしまっていた。
──さ、さすがに庭掃除はこれくらいでいいかな……。
──海翔くん、午前中でバイトが終わるって言ってたから、もうすぐ帰ってくるだろうし。
──とりあえず、お昼の支度しないと。
──でも、なに作ろう……なんだかドキドキして考えられない……。
あの曲ができた以上、海翔くんの合格は確実なはずだった。
それなのに、もしかしたらと思うと緊張でホウキをにぎる手に力が入ってしまう。
──まだ2次だ。最終審査でもないのに、こんなに緊張することない。
──絶対に大丈夫……なはず……。
少しでも落ち着こうと、空に向かって大きくひとつ深呼吸した。
今日は風もなく、空はきれいに澄みわたっている。
──大丈夫。きっともうすぐ、いい知らせが来る……。
ホウキを置き、かじかんだ手をこすり合わせてあたためる。
とそのとき、洋館の中からわたしを呼ぶ海翔くんの声が聞こえた。
──海翔くん、もう帰ってきたんだ。
──それにしても、ずいぶんあわててるような……?
「比呂……あっ! いたっ!」
「おかえりなさ──……えっ!?」
海翔くんは開いていた1階の窓の桟(さん)に手をかけたかと思うと、
次の瞬間にはジャンプして庭に降り立っていた。
「ちょっと! 危ないじゃないっ!
大事なときなのに、ケガでもしたらどうするの!」
悲鳴に近い声で叫ぶわたしのそばに、海翔くんがかけ寄る。
「そんなヘマしない。それより……ついに来た!」
息を切らしながら、海翔くんが言う。
「来た? なにが?」
「オーディションの2次審査の結果!」
「えっ! 自宅に電話が来るんじゃなかったの!?」
「は? 最初から、俺の携帯にって……あれ、言わなかった?」
「聞いてない! 海翔くん、自宅の電話って言って……
あ! 適当に答えたでしょ!? あのとき、海翔くん夢中でラーメン食べてた!」
「ああ、違う違う。確か焼きそば──」
「もうそんなことどうでもいいよ! それで結果は!?」
「……もちろん合格!」
満面の笑みで、海翔くんがピースサインを作る。
「ご、合格……やった! おめでとう、海翔くん!」
「いよいよ次は3月のライブ審査だ」
「そうだね! やっと、最終審査だね!」
右手を差し出すと、海翔くんがうなずき、握手する。
だけど……
──なかなか離してくれない……。
「あの……海翔くん、どうかした?」
「……冷たくなってるな」
海翔くんがわたしの手をにぎったままで言う。
「ずっと庭掃除してたからね。なんだか朝から落ち着かなくて」
「……あっためてやろうか?」
海翔くんはそう言うと、にぎっているわたしの手の甲を反対の手でこする。
「あ、ありがと……」
照れくさく思いながら、しばらくそのままでいる。
「じゃ、次……そっち。左も」
「え、別にいいよ?」
「いいから出して」
「う、うん……」
言われたとおりに左手を出すと、指をからめてにぎられ、
わたしたちは並んで立つ格好になる。
「このほうが、あったかいだろ?」
「わざわざそんなことしなくても、部屋に入ればあったかくなるよ?」
すると、海翔くんは露骨に眉間にシワを寄せる。
「……わかりきったこと言うなよ」
「え……」
──なんだ。わかってるんだ。それはそうか……。
そっと笑って、海翔くんの手をにぎりかえす。
「もうすぐマサミチさんが散歩から帰って来るよ。
わたしたちが手をつないでたら、びっくりすると思うけど……」
「ま、いいよ。じいさん、俺たちが付きあってるのわかってるみたいだし」
海翔くんがなんでもないことのように言った。
「わ……わかって……!? ホントに!?」
「美雨もカンづいてる」
「な……っ、どうして!?」
「比呂、ぜんぶ顔に出るから」
「顔に……?」
「いつもうっとり俺のこと眺めてる」
「そんなのウソだよ!」
「ははっ、それは冗談だけどさ。
やっぱわかんじゃねえの、こういうのって」
「そ……そっか……」
バレていたのはなんだか気恥ずかしいけれど……
周りからもわたしたちの仲を認めてもらえている。
それって、やっぱり嬉しいなと思う。
「マサミチさんも美雨ちゃんも、知ってて知らんぷりしてたんだ……」
「ま……そういうこと」
なんとなくお互い無口になり、黙ったままで庭に目をやる。
冬の庭は少し寂しいけれど、スノードロップの白い色がひときわきわだってきれいだった。
「そういや……じいさん、3月になったら庭にダリアの球根植えるって言ってたな」
「へえ、いいね。わたしもお手伝いさせてもらいたいな」
「イヤでも手伝いはできるって。植え替えはみんな駆りだされるんだ。あ……流風がいなくなったから、その分、仕事が増えるな」
「いいじゃない。庭仕事って楽しい」
「そうかあ? 土いじりなんて、腰にくるだけだし」
「若いくせに、つまんないこと言わない」
そんなふうにして、とりとめなく話していると、海翔くんがふと空を見げる。
「えーっと……あのさ……」
わたしと目を合わさず、ボソボソとした口調で言う。
「ん? なに?」
「オーディションに通ったら……
じいさんとかに、付きあってるってちゃんと言おうか」
「え……」
「そのほうがいいんじゃないのかなあって……ちょっと思った」
「い、言うの? わ、わざわざ?」
──海翔くん、そんなこと考えてたのか……。
あまりにも急で、戸惑ってしまう。
「比呂……もしかして困ってる?」
うつむくわたしの頭の上で、ぶっきらぼうな声がする。
「困って……ないけど……」
「……んじゃ、そういうことで」
「……うん」
隣の海翔くんを見あげて、今、どんな顔をしているのか見てみたい気もするけれど……もしもわたしのほうが海翔くんより嬉しそうな顔だったら、なんとなく悔しい。
だから顔をあげずに、ただ幸せな気持ちで庭のスノードロップを見つめていた。