居場所(1)
文字数 1,735文字
古葉村邸にもどるとわたしはキッチンを借り、サンドイッチを作った。
これからバイトに行く海翔くんに、腹ごしらえしてもらうためだ。
──これでよし、と。
ちょうどできあがったとき、海翔くんが入ってくる。
「あー、腹減ったー」
「お待たせ。今、食堂に運ぶね」
「ここでいいや」
「キッチンじゃ落ち着かないんじゃない? 持って行ってあげ……」
「ありがと」
海翔くんはサンドイッチが乗ったお皿をさっと取ると、カウンターテーブルへ向かう。
──早い……。そんなにお腹すいてたんだ……。
海翔くんは、この洋館にあるものとしては珍しい、
安手のスツールを引きよせて腰を下ろす。
「じゃ、いただきます。……ん? なんだ? メチャクチャうまい」
海翔くんがもぐもぐと口を動かしながら顔をしかめる。
「お、おいしい? よ、よかった……」
──顔つきが険しいけど、喜んでくれてるんだよね?
テーブルの向かい側に座り、黙々と食べている海翔くんを眺める。
──基本的にぶっきらぼうな子みたいだからなあ。
──こういうとき、ホントわかりにくい……。
──でも、気に入ってもらえたみたいでひと安心……。
サンドイッチは、今日のちょっとしたお礼のつもりだった。
「変わった味だけど、これって……中身なに?」
「味付けはほとんどマヨネーズだけだし、珍しいものはとくに入ってないけど……。そういえば、にんじんが多めかな」
「マジか……にんじんか……」
海翔くんがぶつぶつ言いながらも、もうひとつ口に運ぶ。
──そんなに美味しいのかな。もっと食べたい……とか?
「海翔くん。よかったら、調理台に残ってる分も食べ──」
「うん」
サンドイッチを手に、コクリと海翔くんがうなずいた。
──即答……。
急に海翔くんが小さな子どもみたいに見えて、思わず吹き出しそうになる。
「あ、でも俺、もうすぐ出ないと」
「わかった。残りは冷蔵庫に入れとく。まだたくさんあるよ」
すると、とたんに海翔くんの顔がほころんだ。
──あれっ、笑った。
無邪気な笑顔に、いつもは隠れている彼の素直さが少しだけ見えた気がする。
──いつもはほとんど仏頂面の海翔くんが、こんな嬉しそうな顔で……。
「……あははっ」
こらえきれずに、つい笑ってしまう。
「え? なに?」
「ごめん。なんでもない」
「わけわかんねえな。まっ、別にいいけどさ。ごちそうさま」
サンドイッチをきれいに平らげ、海翔くんはお皿を持って立ちあがる。
「そのままにしてて。もう行く時間なんでしょ?」
「あ、うん……ありがと。じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
ドアが閉まり、ぽつんとひとりきりになる。
しんと静まりかえるキッチンに、庭で鳴くキジバトの鳴き声だけが響く。
──7年前の世界か……。
こうしてひとりでいると、そんな実感はない。
でもいったん家の外に出れば、街の様子は変わっていて、アパートにはほかの人が住んでいる……。
──なんだか、まだ信じられないや……。
ため息まじりに、スマホをポケットから取り出す。
やっぱり充電は切れていて、手の中に冷たい金属の感触だけが広がる。
存在してても、なんの役にもたたない無意味な物体。
──わたしもこのスマホみたいに、意味もなくここにいるしかないんだな。
歌が歌えなくなって、もうなにもかもダメだと思ったときでさえ、今よりずっといろんなことができるはずだったんだと今頃になって気づく。
──でも、こうやって住める場所があるだけ感謝だよね。
──それもこんな立派なお屋敷に……。
──仕事で来たときは、まさかここに住むとは思ってなかったな。
──オルゴールだって、わたしのものになるなんて……。
その瞬間、この7年前の世界に来る直前のことが頭をよぎる。