迷子(4)

文字数 2,530文字

「僕が流風や美雨くらいの年頃だったとき、ひとりの男の子が僕の話し相手として屋敷に住むことになったんです。

当時、僕は身体が弱くて学校も休みがちだったから、同じくらいの子が来てくれたのはとっても嬉しくて……。

彼を連れてきてくれた僕の父親には、その子についてなにも聞かなかった。

どこから来たのか、どうして彼は学校に行かなくていいのか……

そんなことは気にもせずに、毎日、ふたりで勉強したり遊んだりしてましたよ。

だけど、彼との楽しい日々は1年ぐらいで終わりました。

ある日突然、別れを告げられて……翌朝、彼はいなくなっていたんです。

ボクのことを忘れないで……と最後に言って」



わたしはなにも言えずに、マサミチさんの話を聞いていた。

もしかしたら、と、まさか、が頭の中でうごめいている。



「マサミチさん……その男の子って……」

「そうです。その子が流風です。流風は永遠に10歳の男の子のままなんです」


──永遠に……10歳の男の子……。



呆然とするわたしの隣で、マサミチさんは静かに言葉を続ける。



「この歳になるまで、流風のことは忘れていました。

彼との出会いが、なんだか夢だったような気がしてね。

ところがある日、玄関のドアを開けるとそこに笑顔の男の子が立っていて……

流風と名乗り、古葉村家に住まわせてほしいと言ったんです」

「そして、流風くんをお屋敷に……?」

「はい。すぐに昔のことを思い出しましたから。海翔や美雨を納得させる理由を考えるのは大変でしたけどね」



マサミチさんは愉快そうに笑った。



「結局……流風くんは……永遠に子どものままの流風くんって、何者なんですか?」

「さあ……わたしにもわかりません。昔の話をしようとすると、いつも流風にごまかされましたから……。

でもただひとつ、はっきりしているのは……

子どもの頃、流風は時間の迷子になりそうになっていたわたしを助けてくれたということです」

「時間の……迷子? ……あっ」



昨日の晩、流風くんが言っていた言葉……



『……比呂ちゃんはもう迷子じゃないんだね』



──確かに、流風くんはそう言った……。



「子どもの頃、もともと僕に備わっていた力なのか、なにか別の力なのかはわかりませんが……

僕はふと違う時間を垣間見ることがよくあったんです」

「違う時間を……」

「でもそれが流風と出会ってからは、なくなりました。

流風がいなかったら、僕はなにかのタイミングで、ほかの時間に行ってしまったんじゃないかと思うんです……」

「……」



同じようなことがわたしにもあった。

仕事中、ふとした拍子に洋館をリアルに感じた。

そして、ある瞬間、わたしは本当に洋館の前に立っていた。

7年前の洋館の前に──。



「……疑わないんですね、こんな突拍子もない話」



マサミチさんが、ちょっといたずらっぽく肩をすくめる。



「疑ってなんかいません。本当のことだと思います」

「それは……あなたが時間の迷子だから?」

「……はい」



さらりと訊かれた質問に、わたしも自然に答える。



「……そうなんですね」



マサミチさんは、驚きもせずにうなずいた。

「これは想像でしかないんだけどね……流風はきっと、自分の道を見つけるときまで、そばにいてくれるんだと思います。

比呂さんは自分の道を見つけたんだね?」


──自分の道……。


「……それはわかりません。でも……これまでと違って、今のわたしはなにも迷ってはいません」



海翔くんのことを思い浮かべながら、きっぱりとそう言った──。



   ※   ※   ※



マサミチさんと公園を出て、古葉村邸までの道を歩いている。



「流風くん、今はどこにいるんでしょうね」



わたしが言うと、マサミチさんはうーんと腕組みをする。



「さて、どこでしょう。本当に外国だったりしてね」

「流風くん、何カ国語も話せるから、どこの国でも大丈夫ですね」

「ははっ、確かに」



わたしはマサミチさんと一緒に笑った。

それと同時に、少し涙ぐみそうになる。



「もう、二度と……流風くんに会えないのかな……」



思わずこぼれたつぶやきに、マサミチさんが首をかしげる。



「おや? 僕はムリかもしれないけれど、比呂さんは会えるんじゃないですか?」

「えっ?」

「子どもの頃、僕は別れ際に言われたんだけどな。いつかまた会えるって……」

「あ……」


『大丈夫だよ、比呂ちゃん。きっと、いつかまた会えるから』


──流風くんはわたしにそう言った……。



「どんな形でかはわからないけど、流風がまた迷子になっている人を助けるとき……比呂さんの力を借りるのかもしれないね」

「そうですね……」



もしかしたら、本当にそんな日が来るのかもしれない。

もしもわたしがこのまま消えずにいられれば……

また流風くんの笑顔を見られる日が来るのかもしれない……。



「あ、昨日決まらなかった、海翔に贈るオルゴールのケースですが……。

店に頼むのはやめて、アンティークの小箱でもいいでしょうか?」

「えっ、アンティークの……?」

「前に旅行先で買った、1800年代のフランス製のものがあるんです。

それにシリンダーをセットしてもらうのはどうでしょう?」


──アンティークの小箱……きっと、あの木箱のことだ。



高校生の美雨ちゃんに渡されたオルゴールが目に浮かぶ。



──海翔くんの曲があの小箱におさまる……。

──そのときはもう、海翔くんはオーディションに合格して、夢への一歩を踏みだしているんだ……。


「……素敵だと思います。世界でたったひとつのオルゴールになりますね。美雨ちゃんもきっと賛成してくれるんじゃないでしょうか」

「だといいな。今はプンプンして、かなり機嫌が悪いですけど」

「ええ……」



わたしたちは思わず顔を見合わせ、微笑んだ──。


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