会えない人(1)

文字数 1,643文字



ほどなくして、ルミ子さんの店に着いた。

その外観も古い町並みも、7年後とほとんど変わりない。

わたしと海翔くんは、店の軒先に並べられた古茶碗を見るふりをしながら、

ちらちらと中の様子をうかがっている。



──これから会うルミ子さんとは、初対面になるんだよね。

──うっかり変なこと言わないように、気をつけないと……。


「……入らないのかよ?」



しびれを切らしたように海翔くんが口を開く。



「入りたいんだけど……ま、まだ気持ちの整理が……」


「ったく……仕方ねえな」




海翔くんはそう言うと、いきなり店の引き戸に手をかける。



「わっ!? 海翔くん! 待って!!」



わたしの叫び声が、引き戸の開く音と重なる。



──うわ、開けちゃった……仕方ない、こうなったら行くしかない……!



でも、やっと覚悟を決めたのに、海翔くんは入り口で立ち止まっている。



「どうしたの? 入らないの?」

「ちょっと訊くけどさ……」



海翔くんは首だけまわしてわたしのほうを向き、小さな声でこそっと囁く。



「ルミ子さんって……女の人?」


「なっ……! あたり前でしょっ!」



するとそのとき、店の中から声がする。



「いらっしゃい」


──え……。


聞こえてきたのは、ルミ子さんではなく、男の人の声だった。



   ※   ※   ※



「そうですか……店長さん、いらっしゃらないんですね」

「ええ、すみません」



店にいたのは、ルミ子さんの息子さんだった。

アロハシャツに雪駄を履き、長く伸ばした髪はヘアゴムでひとつにまとめられている。

息子さんのいでたちは、ルミ子さんが言っていた道楽者そのものだった。



「店長、海外なんすよ。帰ってくるのは、1か月先になるか、2か月先になるか……

買い付けだって張りきってたけど、要は遊びに行きたかっただけですよ、きっと。いい年して、手のつけられない道楽者なんすよ」



──ルミ子さんと息子さん、お互い同じように言ってる……。



いつものルミ子さんの優しい笑顔が目に浮かぶ。



──やっぱり、会いたかったな……。



ルミ子さんと仕事をしていた日々が、やたらと懐かしく思えた。



   ※   ※   ※



古道具屋を出て、もと来た道を海翔くんともどっている。



「……で、ほかに知り合いいないのかよ?」

「いない。引越しして来たばかりだったし……」



ルミ子さんに会えなかったのが、まだこたえていた。




──ルミ子さんが帰ってきた頃に、また来ようかな……。



未練たらしく店のほうを振りかえる。



──本当なら今のこの時間にいるはずのないわたしは……これから誰とどんなことを話せばいいんだろう……。

「おい」

「痛っ!?」



とんっ、といきなり後頭部にチョップされた。




「な、なに!?」

「うすらボケーッとしてるから」

「は!? その言いかたひどい!」

「買い物、行くんだろ。テキパキ行動してくれよな」




歩調を早められ、あっという間に距離が開いてしまう。



「ま、待ってよ!」



ほとんど走るようにして、海翔くんの背中を追う。



──人にチョップなんかされたの、子どもの頃以来だよ。

──年上に対するなんていうのかな……そう、畏敬の念とか、ぜんっぜんっないんだろうな。



懸命に早歩きしながら、海翔くんをにらみつける。



──でも……。なんやかんや言って、いろいろ付きあってくれてるし、まあ……いい子なのかな。



「あっ! バス来てるぞ! 走れっ!」

「えっ!? ウソっ!?」



全力疾走する海翔くんに置いていかれないよう、わたしはあわてて走りだした。


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