夏祭り(4)

文字数 1,411文字

──なんか……怒らせちゃった。どうしよう……。



海翔くんはこっちを見ようともしない。



──さっきまで、あんなに楽しかったのに……。



どう取りなせばいいのかもわからず、悲しい気持ちで黙っていると……



「……比呂は7年後のこと、しょっちゅう思い出したりするの?」



横を向いたままの海翔くんが言った。



「それは……やっぱり考えるよ。もう家族とも会えないんだな……とか」

「そのほかには?」

「友だちとか……」

「もっとほかには?」

「もっと……って?」



意味がわからずにいると、海翔くんがわたしのほうを見る。



「……付きあってたヤツのこととか」

「そんな人、もともといないし。まあ、スクールに通ってる頃は……ちょっとはね。

結局、忙しくて長くは続かなかったけど」



ほとんど音楽とバイトだけの生活を思い出し、つい苦笑する。



「でも……なんで急にそんなこと聞くの?」

「なんでって……」



海翔くんは困ったように眉をひそめる。

そして、ややしばらくしてから、ボソボソと話しだす。



「どういう感じなのかなって。

俺だったら、7年前の世界にひとり……なんて不安で仕方ないだろうなと思ってさ……」


──海翔くん、心配してくれてるんだ……。


「うん……確かにね。でも、海翔くんやみんなのおかげで、今はそんなに不安じゃないよ。

古葉村家にいさせてもらって……みんなに優しくしてもらって、本当に感謝してる。

もちろん、ずっとお世話になるわけにはいかないけど……」



わたしはいずれあの家を出なくちゃいけない。

それは、海翔くんがわたしの力を必要としなくなったとき。

将来、ハーヴになる海翔くんの邪魔にならないように……。



──海翔くんと別れるなんて、考えただけで寂しくなる。

──でも……仕方ないよね……。



夜風に乗って、太鼓と笛の音が聞こえてくる。

境内で祭囃子がはじまったらしい。



「海翔くん、お囃子だよ。行ってみない?」

「……」


──……返事がない。



海翔くんは遠くに目をやりながら、難しい顔で腕組みをしている。



──なに考えてるんだろう……。



どうしたの……? そう言おうとしたときだった。



「ずっといろよ……」



海翔くんがわたしを見つめて言った。



「え……」

「あの家に、ずっといればいい」



向けられた目の驚くほどの真剣さに、胸の奥が音を立てた気がした。



「ど……どっ、どうもありがとう。そんなふうに言ってくれるだけで嬉しいよ」

「あのなあ……」



あきれたように海翔くんはため息をつく。



「こっちはマジなの」

「えっ? で、でもそんなこと……」

「身内も頼れない。仕事もできない。なのにあの家を出てどうするつもりだよ」

「どうって……言われても……」


──あれ? なんだろ……? わたし、ドキドキしてる……?



もう気のせいだとは言えないくらい、鼓動が高鳴りだしている。



「みんなでずっと比呂を守るから。だから、あの家にいろよ」

「ムリだよ……。そんなことしたら、絶対いつか迷惑をかけるに決まってる。

わたしがそこまでしてもらう理由がないよ」

「理由……?」



そう言ったきり、海翔くんは黙りこむ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み