歌(3)

文字数 1,576文字

「歌ってみると意外にいい曲だったな」



曲が終わり、海翔くんが振り向く。



「で、比呂の歌ってさ……えっ? 比呂? なんで泣いてんの?」

「うん……ちょっとね」



照れ笑いしながら、手の甲で目をこする。



「久しぶりに歌ったからかな。ホントに……久しぶりだったんだ」



わたしが涙を拭くのを待って、海翔くんが口を開く。



「比呂……歌、やってたって言ったよな」

「……うん」

「ここに来る前……比呂になにがあったか教えて」

「え……」

「話せることだけでいいからさ」



オフにされたマイクが、コトンとテーブルに置かれる。



「海翔くん……」



戸惑いはあったけれど、さっきの海翔くんの歌声を聴いてしまった今、過去を隠してはいられなかった。



「わたし……わたしも海翔くんと同じ。本当はシンガーソングライターになりたかったんだ……」



大学を中退して、音楽スクールに入ったこと。

なかなかうまくいかず、後輩にどんどん追い抜かれたこと。

この街に来て、ルミ子さんの店で働きはじめたこと……。

思い出をぽつりぽつりと話し続ける。

そして、歌が歌えなくなっていたことも……。



「じゃあ、今、東京には俺と同い年の比呂がいて……シンガーソングライターを目指してる最中なんだ?」

「あ……」



──そうか。わたしと海翔くんは、本当は同い年なんだ……。



「会ってみたいな。19歳の比呂に」



海翔くんが、ちょっといたずらっ子めいた笑みを浮かべる。



「えっ! それはダメだよ! 絶対ダメ!」

「声はかけないからさ。どこの音楽スクール?」

「そんなことしたら、なにが起こるかわからないよ!? 絶対ダメだからね!」

「離れたとこから様子見るだけでも?」

「ダメダメダメ!!」



わたしが懸命に言うと、海翔くんはようやくあきらめてくれた。



「ダメ……かあ。別になんの問題もないと思うけどな」



海翔くんがつまらなさそうな顔で言う。



「そ、それより……海翔くんって、歌、どこで習ってるの?」

「どこって? 今のところ、好き勝手に歌ってるだけ」

「えっ、そうなの!? もったいない! ちゃんと習ったほうがいいよ!」

「そんなことはどっちでもいいんだけどさ」

「どっちでもいい!?」

「俺、それより今は曲が作りたい」

「そ、そりゃあもちろん、曲作りも大事だけど! でも──」

「比呂の歌声が気に入ったんだ。俺と比呂が一緒に歌える曲を作る」

「は?」



思いもしないことを言われ、呆然となる。



「……え? わ、わたしと……?」



一方の海翔くんは、いつもと変わらない飄々とした調子で……



「そんでさ。もし曲が気に入ったら、俺と組んで歌わない?」

「組むって……グループってこと?」

「そう。一緒にやってかない?」


──海翔くんとわたしが……?



なにかの冗談かと思ったけれど、海翔くんの目は真剣だった。



「そんな、急に言われても……」

「なんで? プロ目指してたんだよな?」

「だったけど、でも──」

「組むかどうかは曲聞いて決めて。俺、これから家帰って作りはじめるし」

「ウソ!?」

「久しぶりに、なんだかいいのが作れそうな気がするんだ」



そう言ってソファから立ちあがり……



「比呂は時間までひとりカラオケしとけば? ここおごりってことでよかったんだよな。じゃ、先に帰っとく」



海翔くんはさっさと部屋を出て行ってしまった。



「あ、あの……ちょっと……? ウソ、なんで? どうして……?」



無意味なひとり言をつぶやいたあとも、閉まったドアをしばらくポカンと眺めていた。

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