歌(6)

文字数 1,753文字

「バンド名……それにはならなかったの?」

「海翔は気に入ってくれたんだけど、ほかのメンバーに却下されたんだって」

「そう……」



音楽の世界で知らない人はいないスター、ハーヴ。



──まさか、海翔くんが7年後のハーヴ……? 



7年後、海翔くんは26歳。ハーヴと同じ年だ。

そしてなにより、あの人をいきなり引きこんでしまう歌声……。



──どうして気がつかなかったんだろう……。

──そうだよ……。海翔くんがハーヴなんだ……。



「比呂ちゃん?」



立ち止まってしまったわたしを、流風くんが見あげている。



「……あ、ごめん。早く行かないと……ご飯が冷めるね」

「うん」



先に歩きだした流風くんだったけれど、ふいに得意げな顔で振りかえる。



「ハーヴってね……海、っていう意味なんだ」


──海……。


「そっか……素敵だね」



わたしは胸の音が、だんだんと大きくなっていくのを感じていた。



   ※   ※   ※



流風くんと一緒に、海翔くんの部屋の前までやって来た。

ドアをノックしたけれど、中から返事はない。



「どうしようか……」

「海翔、入るよー」

「えっ、勝手に?」

「いいのいいの」



流風くんがためらいなくノブをまわす。

ドアが開くと、書きかけの楽譜が散らかる部屋で、キーボードに向かう海翔くんの背中が見えた。

ヘッドホンをしている海翔くんは、わたしたちが部屋に入っても気づかない。



──海翔くんが未来のハーヴ……。

──今思えば、ルミ子さんがここを有名な洋館って言ってたのは、ハーヴの家だったからだ。

──ファンの子たちの間では、きっとここが聖地になっていて……だから、門のところで写真を撮ってる子たちがいたりしたんだ。



そのとき、ふいに海翔くんが振り向いた。



「わっ、なんだ? いつの間に?」

「海翔がご飯の時間になっても下りてこないから、比呂ちゃんが持ってきてくれたんだよ」



流風くんが言うと、海翔くんはハッとして部屋の時計を見る。



「マジ? もうこんな時間か……。そういえば、腹減ったな」

「海翔くん……食事、どこに置こう?」

「あ、いいよ。自分で運ぶ」



海翔くんがやって来て、わたしからトレイを受け取る。



──ハーヴって顔出ししてなかったけど、こんな顔だったんだな……。



海翔くんのはっきりとした目鼻立ちに、つい見入ってしまう。



「なんだよ。人のことジロジロ見て」

「えっ! あ、ご、ごめん。そうだ、ご飯だ。ご飯、冷めないうちに食べて」

「ああ……」



訝しげな表情をしながら、海翔くんは部屋のローテーブルにトレイを運ぶとソファに腰を下ろす。



「んじゃ、いただきます」



さっそく食べはじめた海翔くんの向かい側に、流風くんがピョコンと座る。



「海翔、もう曲できた?」

「あのなあ。そんなすぐにできるわけねーだろ」

「早く聴きたいなあ。どんな感じの曲?」

「とりあえず……悪くはない」



海翔くんは自信たっぷりに、わたしのほうを見る。



「ま、期待しててよ」



それは明らかに、わたしに向けた言葉だった。



──期待と言われても……。


「え……っと……海翔くん、本気でわたしと歌を……?」

「俺はそのつもり」

「それって、絶対にムリだと思うんだけど」

「は? なんで?」



スプーンをくわえたまま、海翔くんがキョトンとしている。



「だって、考えてもみてよ。わたしは──」

「比呂ちゃんと海翔が? え? なにそれ?」



流風くんが興味津々の顔で聞いてくる。



──しまった……流風くんがいたんだ。


「な、なんでもないよ。えーっと、じゃあ、わたしたちはこれで……。流風くん、行こう!」

「え、もう? なんで? さっきの話、教えてよ」



しぶる流風くんを立たせて、あたふたと海翔くんの部屋を出る。



「ちょっと待って」



廊下を歩きだしたとたん、後ろから海翔くんに呼びとめられる。

振り向くと、海翔くんが部屋のドアのところに立っていた。

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