別れ(2)

文字数 990文字

サイトで募集された一般の観客がつめかけたライブハウスは、これが審査だということを忘れそうになるほど盛りあがっている。

わたしも観客のひとりとして、オーディションを見守っていた。



──次が海翔くんの番だ……。



ここまではみんなバンドだったし、曲も派手なものが多かった。

海翔くんはソロで、使うのはアコースティックギター。

しかも順番はラスト。

あまりに不利な条件に、ちょっとプレッシャーを感じてしまう。



──でもきっとそれだけレコード会社の人に見込まれてるんだ。

──大丈夫、絶対、大丈夫……。



そう自分に言い聞かせていると、会場にアナウンスが流れる。



「次の方がラストになります。エントリーナンバー5番。ハーヴ」


──いよいよだ……。



思わず両手をにぎりしめステージを見守っていると、スポットライトの光の中に、ギターを持った海翔くんがあらわれた──。



   ※   ※   ※



海翔くんの歌がはじまった。

それまでの騒々しかったライブスペースが、急に静まりかえっている。

誰もが海翔くんに見入り、心を奪われたように身動きひとつせず、歌に耳をかたむける。



──すごい……。練習のときより、何倍もいい……!



海翔くんが創る世界に、ここにいる誰もが魅了され、取りこまれている。

そして、この世界に入りこんでしまったわたしたちは、海翔くんの歌声で、心の中の頑なな塊を壊され、柔らかく生まれ変わらせられてしまう。



──これが海翔くんなんだ……。

──海翔くんが……今、本当にハーヴになった……。



思わず涙がこみあげた、そのとき──


──あ……れ……?



急に目の前がぼうっとかすむ。



──ウソ、貧血……?



うつむいたその瞬間、身体が冷たくなる。


──あ……っ? 手が……!?



薄暗い空間の中で、わたしの手のひらが半透明になっていた。



──わたし……消える……!


叫びそうになり、あわてて口を両手で押さえつける。

海翔くんのライブ中に騒ぎを起こすわけにはいかない。

それだけは冷静に判断できた。



──ここから離れないと……早く人のいないところへ……!



海翔くんの音楽に夢中になっている観客の間を抜け、わたしはライブスペースから出て行った。

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