別れ(8)

文字数 1,037文字

ひとりきりになったリビングで、小さなため息がこぼれる。


──もう海翔くんは、わたしの知ってる海翔くんじゃないんだよね……。


テーブルのオルゴールに手を伸ばし、そっと蓋を開けてみる。


ゼンマイの巻き足りないオルゴールが、スローテンポでメロディを奏ではじめる。


──そっか……この曲、お蔵入りなんだ……。


──あれだけ海翔くんが何日も心をこめて作った曲だったのに……。
そう思うと切なくなった。


──やっぱり、わたしを恨んでるってことのかな。

──ううん、それよりも……きっともうわたしのことなんか忘れてる。

──7年前、ほんの少しの間、恋人だった女のことなんて、
トップアーティストのハーヴがおぼえているはずがない……。


それは当然で、仕方ないことだとも思う。


ただ、海翔くんがとっくの昔に忘れた恋を、
わたしはこれから忘れていかなければいけない。


恋が終わってしまったことよりも……
海翔くんと同じ速度で時間を過ごせなかったことがわたしには悲しかった。



   ※   ※   ※



アパートに帰るわたしを、美雨ちゃんは表まで見送りに出てくれた。


「比呂ちゃん、今日は来てくれてありがとう。本当に嬉しかった」



「わたしも……でも、テスト勉強の邪魔しちゃったね」



「だからそれは心配ないって」


子どもの頃と同じ、屈託のない笑顔で美雨ちゃんが笑う。


「うん……。じゃあ、また──」



「おじいちゃんとお兄ちゃんに、比呂ちゃんのこと連絡しとくね」



「えっ、それは……待って」


とっさにそんな言葉が口をつく。


「え? ダメなの? どうして?」


「……ごめん。今は……まだ……」


「まあ……比呂ちゃんがまだって言うなら……」


わたしがいろんな思いを抱えているのを察したのか、
美雨ちゃんはしぶしぶながらも引きさがってくれた。

「……でも、比呂ちゃん。わたしたちはこれからも連絡取り合おう?」


「……うん」

わたしがうなずくと、美雨ちゃんがホッとした表情になる。


「よかった。いつかみんなで……流風も一緒に、みんなで会えたらいいね」


「……そうだね」


美雨ちゃんがいつ流風くんのことを知るのかはわからないけれど……

そして、わたしがいつ海翔くんと笑って話せるようになるのかもわからないけれど……

またそんな夢みたいな日が来たらいいなと、ぼんやり思った──。

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