メロディー(2)
文字数 2,115文字
「お兄さん……? もしかして、お兄さんが作曲を?」
「……」
美少女はついに、なにも言わなくなってしまった。
──あれっ、違うのかな。それにしても……間が持たない。
──うーん、こっちから話しかける雰囲気でもないし……。
苦し紛れに大きな出窓のほうに目をやると、庭の景色が見えた。
濃い緑が鮮やかで、細く開けられた窓から入る風が涼やかだった。
アンティークな調度品に囲まれ、猫脚のソファに座っていると、
普段とは時間の流れさえ違う気がする。
「静かですね……」
つい、そんな言葉をもらす。
すると、しばらくして美少女が口を開く。
「……昔はこの家もにぎやかでした。兄もまだここに住んでましたし……」
「お兄さん、今はどちらへ?」
「東京です」
「東京へ……お仕事かなにかで?」
「……はい」
そしてまた、会話がぷつんと途切れる。
──話すネタが見つかったと思ったけど、全然だ……。
──あ……そ、そうだ。
「古葉村さん、今さらなんですが……」
ふと思いつき、バッグから名刺を取り出した。
「前にお渡しできなかったので……」
「ありがとうございます。……あっ」
名刺を受け取った美少女が、ふいに形のいい目を細めた。
「この名刺……」
まるでなにか懐かしむような……そんな顔つきで名刺に見入っている。
──どうかしたのかな……。
思いがけない表情を不思議に思っていると……
「これ、もらってください」
オルゴールがわたしの前にすっと差し出された。
──え……? オルゴールを……?
突然の申し出に、すっかり驚いてしまう。
「どうして……わたしに?」
「この曲、気に入ったんですよね?」
「ま、まあ……そうなんですが……。でも、確かオルゴールは特注品だったんじゃあ……」
「そのオルゴールの曲は、兄の人生を決めた大切な曲です」
「人生って……よ、よけいにいただけません、そんな大切なもの──」
「だからこそ、気に入ってくれた方に持っていてほしいんです」
「は、はあ……」
「……もしも、この曲がなかったら……デビューはどうなっていたか……」
ぽつりと美少女は言った。
「デビュー……?」
「いえ……なんでもありません。とにかく、オルゴールは差しあげます」
「古葉村さん……」
戸惑いながら、テーブルのオルゴールに目を落とす。
──どうしても頭から離れないメロディ……。
今すぐにでも蓋を開けてみたくなってしまう。
──またあの曲が聴ける……。
もう自分を抑えられなかった。
わたしは包むようにして、オルゴールを手の中におさめる。
「では……頂戴します。本当にありがとうございます」
いろいろと聞きたいことがある。
曲のこと。
お兄さんのこと。
わたしがここに来るとわかりきっていたような口ぶりだったこと……。
すべてを知りたい……そう思った。
「あの、古葉村さん。さっき、デビューっておっしゃいましたけど……失礼ですが、お兄さんって、なんのお仕事──」
だけど、言葉はさらりとさえぎられる。
「じつは今、学校の定期テスト期間なんです」
「あ……じゃあ、テスト勉強で忙しいですよね……」
「すみません。わたしからお招きしながら、なんのおもてなしもできなくて」
「い、いえ、とんでもない。どうも、おじゃましました……」
何ひとつわからないまま、わたしは洋館を去るしかなかった。
※ ※ ※
結局、海も見に行かずに、古葉村邸からアパートの部屋へまっすぐ帰ってきた。
──早くオルゴールを聴きたい……。
わたしはバッグを開け、美少女からもらったオルゴールをさっそく取り出す。
手のひらに乗せると、木の柔らかな温もりがふわりと伝わる。
確か美少女は、小箱は高価なものじゃないと言っていた。
だけどこうやって持ち帰ってみると、この部屋に置いておくには、ちょっと上等すぎる気がする。
──でもこれは……今日からわたしのオルゴールだ。
底のネジをまわし、小箱の蓋を開けてみた。
──わ……やっぱりいいな。
流れだしたメロディに、穏やかな安らぎをおぼえる。
オルゴールは1曲ぜんぶを聴ける演奏時間の長いものだった。
こんなふうにオルゴールにしてしまったことで小箱自体の価値は下がってしまったけれど、中身のシリンダーも、それなりの金額で注文したものだと想像がつく。
わたしにわかるのはそこまでで……。
曲のことは、かえって謎が増えてしまった気がする。
そんなもどかしさはあるけれど、今はただ小箱から流れる音色を聴いていたい。
──不思議なオルゴールだな……。
──メロディに引きこまれて、ときどきここがどこかもわからなくなりそう……。
わたしはくり返されるメロディを飽きることなく聴き続けていた。
「……」
美少女はついに、なにも言わなくなってしまった。
──あれっ、違うのかな。それにしても……間が持たない。
──うーん、こっちから話しかける雰囲気でもないし……。
苦し紛れに大きな出窓のほうに目をやると、庭の景色が見えた。
濃い緑が鮮やかで、細く開けられた窓から入る風が涼やかだった。
アンティークな調度品に囲まれ、猫脚のソファに座っていると、
普段とは時間の流れさえ違う気がする。
「静かですね……」
つい、そんな言葉をもらす。
すると、しばらくして美少女が口を開く。
「……昔はこの家もにぎやかでした。兄もまだここに住んでましたし……」
「お兄さん、今はどちらへ?」
「東京です」
「東京へ……お仕事かなにかで?」
「……はい」
そしてまた、会話がぷつんと途切れる。
──話すネタが見つかったと思ったけど、全然だ……。
──あ……そ、そうだ。
「古葉村さん、今さらなんですが……」
ふと思いつき、バッグから名刺を取り出した。
「前にお渡しできなかったので……」
「ありがとうございます。……あっ」
名刺を受け取った美少女が、ふいに形のいい目を細めた。
「この名刺……」
まるでなにか懐かしむような……そんな顔つきで名刺に見入っている。
──どうかしたのかな……。
思いがけない表情を不思議に思っていると……
「これ、もらってください」
オルゴールがわたしの前にすっと差し出された。
──え……? オルゴールを……?
突然の申し出に、すっかり驚いてしまう。
「どうして……わたしに?」
「この曲、気に入ったんですよね?」
「ま、まあ……そうなんですが……。でも、確かオルゴールは特注品だったんじゃあ……」
「そのオルゴールの曲は、兄の人生を決めた大切な曲です」
「人生って……よ、よけいにいただけません、そんな大切なもの──」
「だからこそ、気に入ってくれた方に持っていてほしいんです」
「は、はあ……」
「……もしも、この曲がなかったら……デビューはどうなっていたか……」
ぽつりと美少女は言った。
「デビュー……?」
「いえ……なんでもありません。とにかく、オルゴールは差しあげます」
「古葉村さん……」
戸惑いながら、テーブルのオルゴールに目を落とす。
──どうしても頭から離れないメロディ……。
今すぐにでも蓋を開けてみたくなってしまう。
──またあの曲が聴ける……。
もう自分を抑えられなかった。
わたしは包むようにして、オルゴールを手の中におさめる。
「では……頂戴します。本当にありがとうございます」
いろいろと聞きたいことがある。
曲のこと。
お兄さんのこと。
わたしがここに来るとわかりきっていたような口ぶりだったこと……。
すべてを知りたい……そう思った。
「あの、古葉村さん。さっき、デビューっておっしゃいましたけど……失礼ですが、お兄さんって、なんのお仕事──」
だけど、言葉はさらりとさえぎられる。
「じつは今、学校の定期テスト期間なんです」
「あ……じゃあ、テスト勉強で忙しいですよね……」
「すみません。わたしからお招きしながら、なんのおもてなしもできなくて」
「い、いえ、とんでもない。どうも、おじゃましました……」
何ひとつわからないまま、わたしは洋館を去るしかなかった。
※ ※ ※
結局、海も見に行かずに、古葉村邸からアパートの部屋へまっすぐ帰ってきた。
──早くオルゴールを聴きたい……。
わたしはバッグを開け、美少女からもらったオルゴールをさっそく取り出す。
手のひらに乗せると、木の柔らかな温もりがふわりと伝わる。
確か美少女は、小箱は高価なものじゃないと言っていた。
だけどこうやって持ち帰ってみると、この部屋に置いておくには、ちょっと上等すぎる気がする。
──でもこれは……今日からわたしのオルゴールだ。
底のネジをまわし、小箱の蓋を開けてみた。
──わ……やっぱりいいな。
流れだしたメロディに、穏やかな安らぎをおぼえる。
オルゴールは1曲ぜんぶを聴ける演奏時間の長いものだった。
こんなふうにオルゴールにしてしまったことで小箱自体の価値は下がってしまったけれど、中身のシリンダーも、それなりの金額で注文したものだと想像がつく。
わたしにわかるのはそこまでで……。
曲のことは、かえって謎が増えてしまった気がする。
そんなもどかしさはあるけれど、今はただ小箱から流れる音色を聴いていたい。
──不思議なオルゴールだな……。
──メロディに引きこまれて、ときどきここがどこかもわからなくなりそう……。
わたしはくり返されるメロディを飽きることなく聴き続けていた。