居場所(3)

文字数 1,476文字

夕食の時間になり、バイトに行った海翔くん以外、みんなが食堂に集まった。



「いただきまーす!」



美雨ちゃんの元気な声で、食事がはじまる。

メニューは親子丼とお吸い物。

昨日お手伝いさんが作ったディナーとは、比べものにならないくらい質素だ。

それでもみんなは、とっても嬉しそうな顔で食べてくれている。



「これは美味しいですね」



マサミチさんが目を細める。



「うん、美味しい! 卵、ふわっふわ!」



美雨ちゃんも、ご機嫌な様子で言う。



「流風くん、うまくできてよかったね」

「うん、ふたりで力を合わせたからだよ」



一緒に顔を見合わせて微笑むと、美雨ちゃんが疑わしそうに流風くんを見る。



「ほとんど比呂ちゃんにやってもらったんじゃないの?」

「そんなことないよ。ボクだって、まあまあ手伝ったよ」

「まあまあ? やっぱり! ずるい!」

「ずるくないよ。玉ねぎの皮、いっぱいむいたし」

「は? それ、なんの自慢?」

「ちょっとストップ。美雨ちゃんが当番のときも手伝ってあげるから」



ふたりのやり取りがおかしくて、笑いながら言う。



「ホントに!? やった!」

「美雨、頼りすぎはダメだよ……と言いたいところだけど……比呂さんが料理を教えてくれたら、これからは美雨の作る夕食も安心です」



すると、美雨ちゃんが首をかしげる。



「ん? 安心? じゃあ、いつもわたしの料理当番のときは……」

「ボク、毎回ドキドキだよ」



流風くんが、はあっと大げさなため息を吐く。



「黒いハンバーグとか、グレーのシチューとか、予想もつかないものが出てくるからね」


──そ、そうなんだ……。


「いや、美雨の料理はその……なんというか……あれだ。えーっと……」



マサミチさんが難しい顔で言葉を探している。



「もう、みんなして……。いいもん、これからは比呂ちゃんがわたしの先生だもんねー」

「えっ、先生? み、美雨ちゃん、わたしそこまで料理得意じゃないよ?」

「でも比呂ちゃんって、ずっと自分でご飯作ってたんでしょ?」

「う、うん……。だけど、節約するために自炊してただけで──」

「比呂ちゃんはわたしの先生だよ! もう決めたー!」



美雨ちゃんは屈託のない笑顔で言いながら、わたしに腕をからめた。



   ※   ※   ※



その日の夜。

昨日泊まった客人用の寝室を、これからは自室として使わせてもらうことになった。

もう遅い時間だったのでベッドに入ったけれど、なんだか目がさえている。

疲れ果ててすぐに眠りについた昨日とは違い、今日はいろいろと考えてしまう。



──マサミチさんには本当によくしてもらってるし、子どもたちも懐いてくれてる。

──海翔くんだって、こんな状態のわたしを理解してくれて……。

──だけど、古葉村邸は仮の住まいであることには変わりない。


──ここを出たあとは、もう誰にも頼れない。

──わたしを知っている人たちの前に、7年後の姿であらわれるわけにはいかない。

──家族にも友だちにも……二度と誰にも会えない……。



突然、寂しさが波のように押しよせる。

思わず両ひじを抱えると、涙がこみ上げてきた。



──今まで、泣く余裕もなかったんだな……。



声をあげて泣いたところで、この広い洋館では誰の迷惑にもならない。

だけど、わたしはベッドに横たわったまま、黙って涙を流していた。

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