消えた部屋(2)

文字数 1,284文字

2階にあがり、部屋の前までやって来た。



──表札が違う……。



それは、瀬口でも以前の苗字でもなかった。

わたしはバッグから部屋のキーを取り出し、鍵穴に差しこんだ。

おぼえのある、かたい手応え。



──間違ってなんかない。ここ、わたしの部屋だ……!



いつものように、力を入れてキーをまわす。



──開いた……。



気持ちを落ち着け、そっとドアノブを回す。

すると──

中の光景は、明らかに他人の生活の場所だった。



──……わたしの部屋じゃない? でも、鍵はちゃんと……。


「あんたの苗字、瀬口だったよな」



ドアノブをにぎりしめたまま動けずにいるわたしの隣に、いつの間にか海翔くんが立っている。



「表札が違うけど、ここがあんたの部屋?」

「そのはず……なんだけど……」



立ちつくすわたしの手から、海翔くんがキーを取る。



「誰かに見られたら面倒だし。とりあえず、ここは閉めとこう」



わけがわからないまま、鍵をかける海翔くんの背中をただ呆然と眺める。



──なにが……起こってるの?



なんだかこれまでの記憶にすら、自信がなくなってくる。

わたしは、本当にこの街に引越してきたのか。

本当に、ルミ子さんと出会ったのか。


骨董品の鑑定に、古葉村邸へ行ったのか。

あの美少女は……古葉村邸の住人だったのか──。

と、そのとき──



「ふたりとも、なにかあったの?」



ふいに後ろで声がする。


──この声……。



海翔くんと同時に振りかえると、そこに立っていたのは流風くんだった。



「お前、なんでここにいんの!?」

「つけて来ちゃった」


──流風くん……。びっくりした……。



「子どもがこんな時間にフラフラしてていいと思ってんのかっ? ダメに決まってんだろ!?」

「ヒマだったんだよ」



流風くんは女の子みたいなかわいらしい顔で、屈託なく微笑んでいる。



「ヒマだろうとなんだろうと、ダメなもんはダメだっ!」

「別にいいじゃん」

「ガキは口ごたえすんな!」

「ふう……。もう、どっちがガキなんだか」

「なんだ!? その人を小バカにした態度っ!」

「あ、あの、落ち着いて……」



海翔くんをなだめようとしていると、サラリーマン風の男性が廊下の向こうからやって来た。

男性はわたしたちをちらっと見てから、隣の部屋へ入っていった。



──隣の部屋、両方とも空室だったはずなのに……。



身体にひやりと冷たいものが流れる。

次々に起こる奇妙な出来事に、もう頭が追いつかない。



──わたしがおかしいの? 

──それとも、思いもよらないなにかが……。



無言になってしまったわたしを、流風くんがのぞき込む。



「比呂ちゃん……どうかした?」

「な……なんでもない」

「ここで話し続けるわけにもいかないよな。場所を変えよう」

「うん……」



わたしはうなずき、とりあえずここを離れることにした。


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