洋館の朝(4)
文字数 2,165文字
楽しい朝食に気持ちがなごみながらも、さっきから海翔くんの様子が気になっていた。
──なんだか機嫌が悪いような……。
海翔くんはテーブルの向かい側で、ひとり黙々とフレンチトーストを口に運んでいる。
──きっと、よそ者がいるからだよね。
──わたしのこと信じきれてないって言ってたし……。
──海翔くん、わたしに抵抗あるんだろうな。でも、それはこっちだって同じ……。
──セッション中はいいけど、それ以外は、なんだかんだで上から目線だし。
──まあ、もともとの性格みたいだから、仕方ないんだろうけど……。
そんなことを思っていたら、顔をあげた海翔くんとまともに目があった。
──うわっ。
急いで目をふせようとしたとき、海翔くんに、あのさ、と話しかけられる。
「えっ、なっ、なんでしょう?」
「あんた……ここに住むんだって?」
「ここに……あっ!」
──忘れてた! そういう話をしてたんだった!
あわててマサミチさんに向きなおる。
「マサミチさんっ! ここに住むなんて……本当にそこまで甘えるわけには──」
「どこか行くあてがあるんですか?」
「うっ……そ、それは……」
言葉につまるわたしを見て、マサミチさんが笑った。
「だったら別にうちにいればいいじゃないですか。住むところを探しながらお仕事するのも大変でしょう」
「仕事……ですか」
──ルミ子さんの店……今はどうなってるんだろう。
──ご主人のあとを継いだって言ってたから、店自体はあるんだろうけど……。
「ねえ、比呂ちゃんのお仕事って古道具屋さんでしょ?」
「え……」
──美雨ちゃんがなんで……あ、美雨ちゃんにも名刺渡してたんだっけ。
「うん、そうだよ。バイト店員だけどね」
──でもこの状態って、バイトしてるって言えないな……。
「今日は仕事に行かなくていいんだよね?」
当然、という顔で流風くんがわたしを見る。
「えっ? う、うん……」
──流風くん……わたしがバイトに行けないこと、知ってる……?
はっきりした言い方に、すべて見透かされているような気がしてドキッとする。
──そ、そんなことあるわけないし。
「今日は……たまたまバイト入れてなかったから」
ちょっとどぎまぎしたけれど、たぶん自然に言うことはできた。
「それならちょうどいい」
マサミチさんが言った。
「今日のうちに、ここでの生活に必要なものを揃えたらどうですか?」
「ま、待ってください。本当にわたし、もうご迷惑おかけできません」
すると、海翔くんが口をはさむ。
「別に俺には関係ねえけどさ」
海翔くんはとっくに食事を終えていて、ペットボトルの水に手を伸ばしている。
「ここ出たらどうすんだよ、これから」
「え……これから……」
──確かに、古葉村邸を出てどうすればいいんだろう……。
──家が見つかるまでホテルに? お金は持ってるけど、そんなのすぐになくなる。
身元も証明できないから働くこともできない。
わたしを知る人に会えばパニックが起こる。
だから、誰にも会っちゃいけない。
家族も友だちも頼れない。
この時代にいるはずのない人間は、どこにも行く場所はない。
──わたし、古葉村邸を出たらもう本当にひとりなんだ……。
「比呂ちゃん、遠慮しないでここにいなって」
流風くんがそっとわたしの服の袖を引く。
「流風くん……」
「そうですよ」
マサミチさんがうなずく。
「部屋はあまってるんです。あなた1人増えたところで、なにも問題ありません」
「マサミチさん……」
穏やかな優しい声に、ちょっと涙ぐみそうになる。
「……本当に、お世話になってもいいんでしょうか」
「もちろんです。あ、買い物に行くとき、海翔に荷物持ちをさせたらいい」
名案が浮かんだとでも言うように、マサミチさんが海翔くんを見る。
「えっ、なんで俺?」
「コンビニのバイトは夜なんだろ? だったらいいじゃないか」
「ボクも比呂ちゃんと買い物に行く!」
流風くんが言ったけれど、マサミチさんは首を横に振る。
「流風は家にいなさい。今日は家庭教師の先生がいらっしゃる日だからね」
「あ、そうだった。つまんないなあ」
「わっ、もう行かないと! じゃ、比呂ちゃん、またね!」
美雨ちゃんがせかせかと立ちあがる。
「う、うん、いってらっしゃい」
「僕はこれから写真クラブの集まりに行ってくるよ。流風も先生をお迎えする準備をしなさい」
「はーい。じゃ、海翔。せめて後片づけはやってよね」
「言われなくてもわかってるよ。ったく……」
みんながバタバタと出て行き、急に食堂が静かになる。
──すごい勢いでいろいろ決まってしまった……。
そのとき、ハタと気がつく。
──あ……海翔くんとふたりきりだ。
しんとした空気の中で、不機嫌そうな海翔くんといることに、なんだかプレッシャーを感じた。