歌(1)
文字数 862文字
しぶる海翔くんを強引に誘ってやって来たのは、近所のカラオケ店だった。
カラオケルームに入ると、内装がちょっとびっくりするくらい簡素に思えたけれど、
7年前の設備なんてこんなものだったのかもしれない。
「さ、海翔くん! 今日はわたしのおごりだよ! 思いっきり歌って!」
「俺、そんな気分じゃないんだけど」
海翔くんがいかにも不機嫌そうにつぶやく。
「それにさ、現金収入のない人がおごるって大丈夫なの?」
「まあ、いいからいいから、気にしないで。カラオケ代ぐらいならまだ出せるし」
海翔くんをソファに座らせ、わたしも向かいの席に腰を下ろす。
「飲み物注文しよう。なににする?」
「この店、メニューあんまよくないんだよな」
「文句言わない。お店選んでるヒマなんてなかったの。夕食の支度までには帰らないといけないからね」
「おまけにここって、音響もよくないし、機種も古いし」
ぶつぶつ言いながらも、海翔くんはリモコンのタッチパネルを操作しだした。
──仏頂面のままだけど、もう歌う気になってる。
──おもしろいっていうか、かわいいっていうか……。
笑いを必死にこらえていると、海翔くんが顔をあげてわたしを見る。
「比呂はなに歌う? ついでに入れるけど」
「えっ……う、ううん。わたしはいいや」
「なんだそれ。人のこと連れてきといて」
「あの……ほら、あんまり時間ないでしょ」
──歌おうとしたら声が出なくなるなんて言ったら、海翔くん気を使うだろうし……。
「ホントに海翔くんだけ歌って。今日は食べる専門がいいや。わたし、スイーツ頼むから」
「カラオケ来て、そんなのありかよ?」
「大ありだよ。さーて、なににしようかな。あ、久しぶりに、パフェが食べたいなあ」
できるだけのんきな調子で言いながら、わたしはテーブルにメニューを広げた。