電話(2)
文字数 2,087文字
わたしがメールの作業を終えると、ルミ子さんはさっそく紅茶を淹れてくれる。
「久しぶりに大口の仕事だわ……といっても、今日は見積もりを出すだけだけど」
さっき店にかかった電話は骨董品の鑑定依頼だった。
「比呂ちゃん、一緒に来てね」
「はい、わかりました」
「お茶を飲んでから出ればちょうどいい時間に着くかな。フフッ……お宝発見の予感がするのよねえ」
嬉々として言うルミ子さんはいつになく興奮していて、
普段より多めに砂糖をざくざくとカップに入れる。
「それで……あの、ルミ子さんが鑑定するってことですよね?」
つい、まじまじと見つめながら聞いてしまう。
「そんなに心配そうな顔しなくてもいいでしょ?」
「す、すみません。ルミ子さんがお仕事してるところ、あんまり見てなかっ……あ……すみません」
「これでも息子より目は利くんだから。比呂ちゃん、車の免許持ってるのよね。運転、お願いできる? ほんの十数分で着くと思う」
「はい……あ、そうだ、店番はいいんですか?」
「閉めるから気にしないで」
「でも、お客さんが来たら……」
「たぶん誰も来ないし」
ルミ子さんは自信満々に言い放つ。
「はあ……」
──ルミ子さんのお店だし、わたしがとやかく言うことじゃないか……。
気になることはいろいろあるけれど……
とりあえず、ルミ子さんを車で送ることが、さしあたっての仕事になった。
※ ※ ※
ルミ子さんと店用の乗用車に乗りこみ、シートベルトをしめる。
「さあて、どんな子たちに会えるかしらね」
助手席のルミ子さんは、すっかりテンションがあがっている。
店の商品を、ウチの子、と言うルミ子さん。
まだ見ぬ骨董品までもそんなふうに言うんだなと、ちょっと笑いそうになる。
「わたしも楽しみです」
「でしょ? ワクワクするわ」
ルミ子さんがはずんだ声で言いながら、カーナビをセットした。
「あ……海の近くなんですね」
画面では、海岸線からさほど遠くない場所に目的地のマークがついている。
「そうよ。海辺に建つ、ちょっと素敵なあの洋館」
「洋館?」
「知らない? 有名よ。超有名」
「すみません。越してきたばかりなもので……」
「あ、そうだったわね」
「それで……その洋館のなにが有名なんですか?」
「えっ? ……あれっ? なにが有名だったっけ」
「ルミ子さん……」
──ついさっき、超有名って言ったのに……。
チラリと横目で見ると、ルミ子さんが肩をすくめる。
「ごめんなさい。今、思い出すから……」
そして、おでこに手をあて、うーん、と唸ったすえに……
「忘れちゃった」
とあっさり言う。
「忘れちゃったって……気になるじゃないですか。もうちょっとがんばってください」
「えー、ムリムリ。でも、何かがどうのこうので有名だってことだけは確かよ」
「全然わかりませんって」
「そのうち思い出すかも。とにかく出発しましょう」
「……はい」
──もう……気になるなあ。
すっきりしない気持ちのまま、車を発進させた。
※ ※ ※
ほどなくして、カーナビが目的地に着いたことを知らせた。
「あ、その辺りに停めてちょうだい」
「はい」
ルミ子さんの指示にしたがい、路肩に車を停めた。
車を降りたとたん、潮のにおいが鼻をくすぐる。
──ホントに海が近いんだな。
そよぐ風に髪をおさえながら、道の先に微かに見える海を見やる。
──そういえば、この辺りに住もうかとも思ったんだった。
──微妙に家賃が高くてやめたけど……。
──やっぱり、ウチの近所とは街並みが違うなあ。
辺りを見まわしながら、ルミ子さんと依頼人の待つ家へ向かう。
すると……
「着いたわ。ここよ」
「こ……ここですか? ここって、洋館じゃないですか!?」
「最初から言ってたじゃない。洋館だって」
「あ、そうでした。そうでした……けど……」
──これ、ホントに個人の家……?
想像以上の広壮さに圧倒されてしまう。
瀟洒 なデザインがほどこされた門。
そして、その向こうに見える立派な洋館には窓がいくつも並んでいる。
──いったい、どのくらい部屋があるんだろう。
──こんなすごいところで普通に生活してる人もいるんだ……。
呆気にとられながら表札の『古葉村 』の文字を眺めていると、
ルミ子さんがわたしの服をつんつんと引っぱる。
「は、はい? なんでしょう?」
「門、勝手に開けていいらしいわ。車は敷地に入れてくださいって」
いつの間にか、館の主とインターホンでやり取りを終えていたらしい。
「じゃ、じゃあ、車まわしてきます……!」
わたしは、あたふたと車を取りに向かった。
「久しぶりに大口の仕事だわ……といっても、今日は見積もりを出すだけだけど」
さっき店にかかった電話は骨董品の鑑定依頼だった。
「比呂ちゃん、一緒に来てね」
「はい、わかりました」
「お茶を飲んでから出ればちょうどいい時間に着くかな。フフッ……お宝発見の予感がするのよねえ」
嬉々として言うルミ子さんはいつになく興奮していて、
普段より多めに砂糖をざくざくとカップに入れる。
「それで……あの、ルミ子さんが鑑定するってことですよね?」
つい、まじまじと見つめながら聞いてしまう。
「そんなに心配そうな顔しなくてもいいでしょ?」
「す、すみません。ルミ子さんがお仕事してるところ、あんまり見てなかっ……あ……すみません」
「これでも息子より目は利くんだから。比呂ちゃん、車の免許持ってるのよね。運転、お願いできる? ほんの十数分で着くと思う」
「はい……あ、そうだ、店番はいいんですか?」
「閉めるから気にしないで」
「でも、お客さんが来たら……」
「たぶん誰も来ないし」
ルミ子さんは自信満々に言い放つ。
「はあ……」
──ルミ子さんのお店だし、わたしがとやかく言うことじゃないか……。
気になることはいろいろあるけれど……
とりあえず、ルミ子さんを車で送ることが、さしあたっての仕事になった。
※ ※ ※
ルミ子さんと店用の乗用車に乗りこみ、シートベルトをしめる。
「さあて、どんな子たちに会えるかしらね」
助手席のルミ子さんは、すっかりテンションがあがっている。
店の商品を、ウチの子、と言うルミ子さん。
まだ見ぬ骨董品までもそんなふうに言うんだなと、ちょっと笑いそうになる。
「わたしも楽しみです」
「でしょ? ワクワクするわ」
ルミ子さんがはずんだ声で言いながら、カーナビをセットした。
「あ……海の近くなんですね」
画面では、海岸線からさほど遠くない場所に目的地のマークがついている。
「そうよ。海辺に建つ、ちょっと素敵なあの洋館」
「洋館?」
「知らない? 有名よ。超有名」
「すみません。越してきたばかりなもので……」
「あ、そうだったわね」
「それで……その洋館のなにが有名なんですか?」
「えっ? ……あれっ? なにが有名だったっけ」
「ルミ子さん……」
──ついさっき、超有名って言ったのに……。
チラリと横目で見ると、ルミ子さんが肩をすくめる。
「ごめんなさい。今、思い出すから……」
そして、おでこに手をあて、うーん、と唸ったすえに……
「忘れちゃった」
とあっさり言う。
「忘れちゃったって……気になるじゃないですか。もうちょっとがんばってください」
「えー、ムリムリ。でも、何かがどうのこうので有名だってことだけは確かよ」
「全然わかりませんって」
「そのうち思い出すかも。とにかく出発しましょう」
「……はい」
──もう……気になるなあ。
すっきりしない気持ちのまま、車を発進させた。
※ ※ ※
ほどなくして、カーナビが目的地に着いたことを知らせた。
「あ、その辺りに停めてちょうだい」
「はい」
ルミ子さんの指示にしたがい、路肩に車を停めた。
車を降りたとたん、潮のにおいが鼻をくすぐる。
──ホントに海が近いんだな。
そよぐ風に髪をおさえながら、道の先に微かに見える海を見やる。
──そういえば、この辺りに住もうかとも思ったんだった。
──微妙に家賃が高くてやめたけど……。
──やっぱり、ウチの近所とは街並みが違うなあ。
辺りを見まわしながら、ルミ子さんと依頼人の待つ家へ向かう。
すると……
「着いたわ。ここよ」
「こ……ここですか? ここって、洋館じゃないですか!?」
「最初から言ってたじゃない。洋館だって」
「あ、そうでした。そうでした……けど……」
──これ、ホントに個人の家……?
想像以上の広壮さに圧倒されてしまう。
そして、その向こうに見える立派な洋館には窓がいくつも並んでいる。
──いったい、どのくらい部屋があるんだろう。
──こんなすごいところで普通に生活してる人もいるんだ……。
呆気にとられながら表札の『
ルミ子さんがわたしの服をつんつんと引っぱる。
「は、はい? なんでしょう?」
「門、勝手に開けていいらしいわ。車は敷地に入れてくださいって」
いつの間にか、館の主とインターホンでやり取りを終えていたらしい。
「じゃ、じゃあ、車まわしてきます……!」
わたしは、あたふたと車を取りに向かった。