別れ(5)
文字数 1,291文字
「暑……っ」
異様な熱気の中で目がさめた。
東向きの部屋に、燦々と朝日が差しこんでいる。
──わたし、オルゴール聴いてるうちに寝ちゃったんだ……。
額ににじんだ汗を手の甲でぬぐいながら起きあがる。
──今、何時なのかな。
テーブルのスマホを手に取ると、お昼を少しまわっていた。
──寝すぎだ。でもバイトが休みでよかった。
──あやうくルミ子さんに心配かけるところだったよ……。
スマホを元にもどそうとしたけれど、なんとなく奇妙な感じがする。
──スマホ……なくしたんじゃなかったっけ。
──……違う……なくしたんじゃなくて……消えた……?
「そうだ、消えたんだ……! バレッタも! 腕時計も!」
わたしは急いで辺りを見まわす。
──みんなある……! 消えたはずなのに……どうして!?
そのとき、手に冷たいものがあたる。
「あっ……」
──ハーモニカだ……。ルミ子さんからもらった……。
──これもなくなってたんだっけ……?
寝ぼけた頭では、なにがなんだかわからない。
──そもそも、わたしがアパートの自分の部屋にいるのがおかしい。
──あたり前のことだけど、おかしい。
──鍵はどうしたんだろう。前に住んでた人は……?
──それも違う。やっぱりここは、もともとわたしの部屋のはずで……。
──わたし、なに考えてるんだろう……頭の中に霧がかかったみたいだ。
「ん……?」
ふと、床に転がり、蓋の開いているオルゴールが目に入る。
──オルゴール……。
──海翔くんが作った曲の……。
──え……?
──海翔……くん?
「あ……っ!」
その瞬間、あやふやだった記憶がつながり、ひとつになる。
「海翔くん……!」
わたしはオルゴールを拾って立ちあがった──。
※ ※ ※
部屋から走ってアパートの駐輪場へやって来た。
──早く古葉村邸へ……そして、美雨ちゃんに会おう……!
麻美からもらった自転車を出そうとしたとき、1階のドアが開いて大家さんがあらわれる。
「あら瀬口さん、お出かけですか?」
「は……はい……」
──わ……なんか大家さんに会うの久しぶり……。
手に下げた蛍光色のエコバッグもなんとなく懐かしい。
「あの、大家さん。言わせていただきたいことがあるんですが」
「え?」
大家さんはピクリと頰を引きつらせる。
「もしかして……鍵を変えなかったこと?」
「はい、そうです」
「かっ、変えますよ、そのうち。でも、義務ではないから、法律的に問題は──」
「ありがとうございました! もし鍵が変わってたら、どうなってたかわかりません!」
「は……?」
「じゃ、失礼します!」
呆気にとられている大家さんに会釈して自転車に乗る。
そして、ペダルを力いっぱいこぎだした。