メロディ(1)
文字数 1,761文字
季節は初夏。
この街に来てから、もうひと月がたとうとしている。
仕事にも慣れ、街の様子もわかってきた。
そんなある日、家に自転車が届いた。
送り主は麻美。
定休日、寝て過ごそうと決めこんでいた朝のことだった。
──まさか自転車が宅配で届くとは。ホントに買ってくれたんだ……。
しかも、後輪の泥よけには『麻美様より進呈』と油性ペンの文字がおどっている。
──イヤがってたのに、自分で書いてるし……。
アパートの前で自転車をまじまじと見ていると、スマホにメッセージが着信する。
──あ、麻美からだ。
画面には一言、『海へGO!』と表示されていた。
※ ※ ※
遅めの朝食のあと、さっそく自転車で出かけることにした。
行き先を考えるまでもなく、海に向かってペダルをこぐ。
──自転車に乗るの、久しぶり……!
──日差しも風も気持ちいい……!
青い空に初夏の風がさわやかで、こんな天気ならどこまででも行けそうな気がする。
──今度、麻美にお礼しよう。なにがいいかな。
自転車を走らせながら、そんなことを考えるのもなんだか楽しかった。
風に微かな潮の香りが混じりはじめる。
──もう少しで浜辺だ。
そのとき、道の向こうにあの洋館が見えてきた。
門のそばで、女子高生たちが大騒ぎしながらスマホで写真を撮っている。
──ルミ子さんが言ってたとおり、なにかで有名な家なんだ……。
わたしは止まって、楽しげな女の子たちの様子をしばらく眺めていた──。
※ ※ ※
女の子たちがいなくなってから、門の前へやって来た。
──やっぱりすごい豪邸だな……。
ぼんやり建物を見あげると、またオルゴールの曲が頭によみがえってくる。
結局、曲の手がかりは、あれからまったくつかめていない。
──ここの美少女に直接聞くしかないのかな……。
そう思ったとき、ふいに後ろで人の気配がする。
振り向くと、学校帰りらしい洋館の美少女が、わたしの自転車の泥よけに見入っていた。
「麻美様より進呈……?」
「あっ! そ、それは……まあ、そのままの意味で……」
しどろもどろに言うけれど、もう美少女は泥よけの文字に興味はないらしい。
さっさと自転車から離れ、門に手をかけた。
そして、なぜか怒ったような顔で、じっとわたしを見つめてくる。
「もし来るとしたら、もっと早く来ると思ってた」
「え……?」
「どうぞ」
そう言って、美少女が門扉を開ける。
「あの……? いえ、わたし、ちょっと通りかかっただけで……」
「……ご遠慮なく」
「えっと……はい」
きっぱりとした態度に気おされ、結局、敷地の中へと足を踏み入れた。
※ ※ ※
前に来たときと同じく、客間へ案内された。
「おかけになってください」
「は、はい……」
美少女にうながされるままソファに座る。
「……オルゴール……ですよね」
「え……?」
ガラスキャビネットに向かう美少女の後ろ姿をポカンと見つめる。
──なんで……?
──オルゴールのことなんて、なにも言ってないのに……?
──それに、もっと早く来るかと思ってたって……。
──どういう意味なんだろう……。
「お待たせしました」
もどってきた美少女がわたしの正面に座る。
「ご用はこれですよね?」
カタン、とテーブルにオルゴールが置かれる。
「は……はい……」
わかりきっている、という態度に抵抗はあるけれど、チャンスは今しかない。
「オルゴールというか……曲のことを教えてもらえますか?
素敵な曲だなと思ったんですけど、なんていう曲なのか知らなくて……」
「知らない……?」
美少女はそうつぶやいたきり、黙りこくる。
「あの……古葉村さん?」
「……兄の曲です」
失望したとでも言いたげな目で見られた。