ハーヴ(2)
文字数 1,783文字
ふたりでお茶の時間を過ごすうち、おばあさんはルミ子さんという名前だと知った。
ルミ子さんは亡くなったご主人の代わりに、この古道具屋の店主になったのだという。
ご主人に目利きの修行をさせられたことや、店をついでからのあれこれをルミ子さんはのんびりと話してくれた。
「全然むかない仕事だと思ってたけど、今はもうこれが天職かなって気がするの」
「へえ……そういうことってあるんですね」
いろんなものから逃げて来たせいなのか……
古道具に囲まれた空間で昔の話に聞き入るひとときは、心地のいいホッとする時間だった。
──ルミ子さんの声を聞いてるだけで、なんとなく落ち着くな……。
──わたし、ハーモニカを返したかったんじゃなくて……
──もしかしたら、ただルミ子さんとおしゃべりがしたかっただけなのかもしれない。
自分の本音はよくわからないけれど、手の中にあるカップのあたたかさに心がなごんでいる。
「ホント、今日は気持ちのいい日だわ……」
ルミ子さんが目を細めて、窓のほうを見やる。
開け放った店の窓から入った風が、ルミ子さんの柔らかそうな水色のスカーフを揺らした。
「……ルミ子さんは、お店、おひとりでされてるんですか?」
「ううん、子どもとわたしでやってるの。でも、その子どもが今、海外に旅行中でね。……あ、子どもって言っても、四十過ぎのおじさんだけど」
「息子さん、もどられるのは……」
「さあ? 2か月先になるか、3か月先になるか。買い付けだって張りきってたけど、要は遊びに行きたかっただけよ、きっと」
口に手をやり、ルミ子さんはフフッと楽しげに笑う。
「じゃあ、それまでひとりきりでこのお店を?」
「ええ。大して流行ってないから、ひとりでもどうにかなると思ったけど……。こういうときに限って、ネットからの問い合わせが多くてちょっとあたふたしてるところなの」
──地方の古道具屋さんっていっても、今どき直接お店に来る人だけ相手にしてるわけじゃないんだ……。
実店舗とネットショップの両方を切り盛りするルミ子さんに感心する。
──でも、ひとりでホントに大丈夫なのかな。
「早く息子に店をバトンタッチしたいとは思ってるの。でも、なかなかそうもいかなくて。四十も過ぎてるのに、手のつけられない道楽者なのよ」
ルミ子さんの穏やかな話ぶりだと、普通のお年寄りなら悩んでしまいそうなことも
おとぎ話の読み聞かせのように聞こえてしまう。
「しばらく大変ですね」
「だけど、こんなふうに助けてくれる人もポンとあらわれるし。たぶん、大丈夫」
「は、はぁ」
──たぶん、か。うーん……ちょっと心配……。
おせっかいかもしれないと迷ったけれど、わたしはおずおずと口を開く。
「あの……人を雇ったほうがいいんじゃないですか?」
「あ、なるほどね。でも、どうやって?」
「募集広告を出したりして……」
「広告? ちょっと難しそうねえ」
「簡単ですよ。たとえば表に張り紙するとか」
「張り紙か……そうね。そのくらいなら、わたしでもなんとかなるかな。
どんな方でも採用しますって書けば、きっと誰か来てくれるわよね」
ルミ子さんが嬉しそうに両手をパチンと合わせる。
──ど、どんな方でも?
ルミ子さんのあまりの無邪気さに面食らう。
「い、いや、それだとホントにどんな人が来るかわからないので、条件は決めたほうがいいかと……」
あたり前のアドバイスにルミ子さんが首をかしげる。
「条件……ああ、運命線が長い人、とか?」
──運命……線……?
「……手相の話ですか?」
「そう。やっぱり運がいい人と仕事ができたら、楽しそうじゃない?」
「ま、まあ、もしかしたら、楽しいかもしれないですけど……」
──運命線で決めるのってどうなんだろう。
──それ以前に、張り紙を読んだとたん、みんな引いてしまうような……。
不安にとらわれるわたしをよそに、ルミ子さんはどんな張り紙にしようかと、ワクワクとアイデアを話している。
──この調子で大丈夫なのかな……。
そのとき、店の電話が鳴った。
ルミ子さんは亡くなったご主人の代わりに、この古道具屋の店主になったのだという。
ご主人に目利きの修行をさせられたことや、店をついでからのあれこれをルミ子さんはのんびりと話してくれた。
「全然むかない仕事だと思ってたけど、今はもうこれが天職かなって気がするの」
「へえ……そういうことってあるんですね」
いろんなものから逃げて来たせいなのか……
古道具に囲まれた空間で昔の話に聞き入るひとときは、心地のいいホッとする時間だった。
──ルミ子さんの声を聞いてるだけで、なんとなく落ち着くな……。
──わたし、ハーモニカを返したかったんじゃなくて……
──もしかしたら、ただルミ子さんとおしゃべりがしたかっただけなのかもしれない。
自分の本音はよくわからないけれど、手の中にあるカップのあたたかさに心がなごんでいる。
「ホント、今日は気持ちのいい日だわ……」
ルミ子さんが目を細めて、窓のほうを見やる。
開け放った店の窓から入った風が、ルミ子さんの柔らかそうな水色のスカーフを揺らした。
「……ルミ子さんは、お店、おひとりでされてるんですか?」
「ううん、子どもとわたしでやってるの。でも、その子どもが今、海外に旅行中でね。……あ、子どもって言っても、四十過ぎのおじさんだけど」
「息子さん、もどられるのは……」
「さあ? 2か月先になるか、3か月先になるか。買い付けだって張りきってたけど、要は遊びに行きたかっただけよ、きっと」
口に手をやり、ルミ子さんはフフッと楽しげに笑う。
「じゃあ、それまでひとりきりでこのお店を?」
「ええ。大して流行ってないから、ひとりでもどうにかなると思ったけど……。こういうときに限って、ネットからの問い合わせが多くてちょっとあたふたしてるところなの」
──地方の古道具屋さんっていっても、今どき直接お店に来る人だけ相手にしてるわけじゃないんだ……。
実店舗とネットショップの両方を切り盛りするルミ子さんに感心する。
──でも、ひとりでホントに大丈夫なのかな。
「早く息子に店をバトンタッチしたいとは思ってるの。でも、なかなかそうもいかなくて。四十も過ぎてるのに、手のつけられない道楽者なのよ」
ルミ子さんの穏やかな話ぶりだと、普通のお年寄りなら悩んでしまいそうなことも
おとぎ話の読み聞かせのように聞こえてしまう。
「しばらく大変ですね」
「だけど、こんなふうに助けてくれる人もポンとあらわれるし。たぶん、大丈夫」
「は、はぁ」
──たぶん、か。うーん……ちょっと心配……。
おせっかいかもしれないと迷ったけれど、わたしはおずおずと口を開く。
「あの……人を雇ったほうがいいんじゃないですか?」
「あ、なるほどね。でも、どうやって?」
「募集広告を出したりして……」
「広告? ちょっと難しそうねえ」
「簡単ですよ。たとえば表に張り紙するとか」
「張り紙か……そうね。そのくらいなら、わたしでもなんとかなるかな。
どんな方でも採用しますって書けば、きっと誰か来てくれるわよね」
ルミ子さんが嬉しそうに両手をパチンと合わせる。
──ど、どんな方でも?
ルミ子さんのあまりの無邪気さに面食らう。
「い、いや、それだとホントにどんな人が来るかわからないので、条件は決めたほうがいいかと……」
あたり前のアドバイスにルミ子さんが首をかしげる。
「条件……ああ、運命線が長い人、とか?」
──運命……線……?
「……手相の話ですか?」
「そう。やっぱり運がいい人と仕事ができたら、楽しそうじゃない?」
「ま、まあ、もしかしたら、楽しいかもしれないですけど……」
──運命線で決めるのってどうなんだろう。
──それ以前に、張り紙を読んだとたん、みんな引いてしまうような……。
不安にとらわれるわたしをよそに、ルミ子さんはどんな張り紙にしようかと、ワクワクとアイデアを話している。
──この調子で大丈夫なのかな……。
そのとき、店の電話が鳴った。