オルゴール(3)

文字数 1,195文字

──だから……なんでわたしなんだろう?



理由はわからないけれど、とりあえず、そっと小箱に手を触れてみる。



「では……拝見いたします」



小箱の側面には細かな彫刻がほどこされ、蓋にはバラの絵柄が入っている。

わたしには、その程度のことしか……見たままのことしかわからない。



──うーん……普通にちょっと素敵なアンティーク雑貨だよね……。



それでも、真剣とも思える目で美少女に見つめられているので、

軽く咳払いなんかして蓋を開けてみる。

すると──

小箱から透きとおった音が流れだす。



──これ……オルゴールだったんだ。

──今まで聞いたことのないメロディだな……。



それなのに、なんだか懐かしい気持ちにさせられる、

一度聴いたら忘れられないような不思議な曲だった。



「かわいい子だわ。アールヌーボーの優雅な彫刻がステキ」



いつの間にか、ルミ子さんがわたしの真横で小箱をのぞき込んでいる。



「……あ、でもこれ、中のシリンダーは新しいものですね?」



ルミ子さんの質問に美少女がうなずく。



「オルゴールは、わたしが小学生の頃に祖父が特注しました。

もともとあったその小物入れに、シリンダーをセットしてもらったんです」



「うーん……そうなるとアンティークとしての価値はつけにくいですね。

外すにしても、ネジでとめた跡が残りますし──」



──いったいなんだろう、この曲……。



仕事中なのに、ルミ子さんとお客さんの会話が上の空なのはまずいと思う。

だけど今のわたしはオルゴールの奏でる音色に夢中で、自分が今どこにいるのかもわからなくなりそうだった。



──どうして……こんなにもこのメロディに惹かれるんだろう……?



優しい旋律を静かに響かせるオルゴールの音が、胸の奥まで沁みこんでくる気がする。



──はじめて聞く曲なのに……。


「やはり……こちらの買い取りは難しいですね」



ルミ子さんの申し訳なさそうな声でハッと我に返る。



「この状態ですと、ウチの店ではちょっとお値段がつけられませんので……」

「そうですか。わかりました」



あっさり美少女が言った。

その言い方は、最初からオルゴールを手放す気はなかったようにも見えた。



──買い取りの見積もりが欲しかったんじゃないのかな。

──もしかして、ほかになにか目的が……?


「比呂ちゃん」



ルミ子さんが小声で言い、わたしをつつく。



「あっ、す、すみません。お返しします」



オルゴールの蓋を閉じ、テーブルに置く。

なんとなく、オルゴールを離しがたい気がする。



──不思議な曲だったな……。



自分でもちょっと意外に思うくらい、もう一度オルゴールのメロディを聴きたかった。
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