ふたりの未来(5)
文字数 2,452文字
食堂から部屋にもどり、わたしはベッドで横になっていた。
なにかがのしかかっているように胸が苦しい。
──もしも、わたしの考えていることが正しかったら……。
──わたしは……どうなるんだろう……。
思わず寒気をおぼえたとき……
部屋のドアがノックされる。
「どうぞ……」
「比呂、大丈夫か?」
ドアが開き、海翔くんが入ってくる。
「海翔くん……」
「まだ調子悪そうだな」
ベッドサイドにやって来た海翔くんは、かがんでわたしの額に手を置く。
「熱はない……っていうか、冷たいくらいだな」
大きな手にわたしの額がすっぽり包まれる。
海翔くんにそんなふうにされたのは、はじめてだった。
「ほとんど食べてなかったけど、なんか食いたいもんでもある?」
「ううん、大丈夫……」
手のひらのあたたかさに、苦しかった気持ちがゆっくりとやわらいでくる。
「疲れが出たのかな」
海翔くんは言いながら、そっと掛け布団をかけ直してくれる。
「……なんだか、今日は海翔くんのほうが年上みたいだね」
「っていうか……比呂と俺って、本当は同い年なんだよな」
「あ、そうだった。本当は……ね」
今、東京には19歳のわたしがいるはずだった。
海翔くんのことも、この街のことも知らずに暮らしている、19のわたしが……。
「普通に出会ってたら、俺たちどうなってたんだろうな」
海翔くんは小さく笑うと、わたしから離れ、ベッドの端に腰を下ろす。
──普通に出会ってたら……。
それが何歳のときだったとしても、普通に海翔くんに出会えたなら……
わたしは海翔くんを好きになっていたんだろうか。
海翔くんはわたしを好きになってくれたんだろうか……。
考えてみたけれど、そんなわたしたちの姿は想像もできなかった。
──こうして出会って、好きになるしかなかったような気がする……。
ベッドで後ろに手をついて座る海翔くんの横顔を眺める。
こうやって黙っていれば大人びて見えるのに、話しだせばとたんに子どもっぽいことを言いだす、ちょっと変わった男の子。
だけど、わたしが大好きな男の子……。
──海翔くんはどんな大人になるのかな。
──普段のハーヴは……いったいどんな人だったんだろう。
──今から7年たったとき、ハーヴを陰から支えているわたしはいるのかな……。
──それとも……。
「海翔くん……」
「ん? なに?」
「これから曲作りの続きしよう」
「いいよ、ムリすんなって」
「平気だよ。もう元気になったから」
笑顔を作り、ベッドから降りる。
──怖いけど……確かめるしかない。
──わたしの考えていることが、本当かどうかを……。
※ ※ ※
海翔くんは自分の部屋からギターを持って来ると、さっそくテーブルに楽譜を広げた。
わたしも海翔くんの隣に腰を下ろし、譜面をのぞき込む。
──もう曲は、ほぼ完成のレベルだ。でも……。
「ここのフレーズなんだけどさ……」
海翔くんの指が楽譜をなぞり、その数小節をギターで弾いた。
「悪かないんだけど、なんかしっくりこないっていうか……。変えたほうがいいのかな」
「そうだね……」
わたしが予想していたとおりのことを、海翔くんが口にする。
海翔くんが指し示したフレーズ。
それは、オルゴールとは違っていたけれど、海翔くんの言うように悪くはなく、わたしは今のままでも問題ないと思っていた部分だった。
「海翔くんが納得いかないなら……少し変えてみようか」
「ああ、やってみる」
「がんばって……」
海翔くんがギターを鳴らし、いろいろなフレーズを試している。
何気ないふりをしているけれど、わたしの胸は苦しく波立っている。
──メロディが、また少しオルゴールの曲に近づけば……なにかが起こるかもしれない……。
そのときだった。
海翔くんのギターが、新しいメロディを……
オルゴールとほとんど同じメロディを奏でた……。
「比呂、今のどう思う?」
海翔くんがパッと顔を輝かせてわたしに訊く。
「……いいと思う」
「前のよりずっといいよな!」
「うん……」
「ちょっとアタマから通してみる」
ギターを構えなおし、海翔くんが曲を最初から弾きはじめる。
その姿は本当に嬉しそうで、手応えを感じているのか、表情は自信に満ちている。
──今……なにかが……起こる……?
次の瞬間──
「……!」
海翔くんの手元で、いきなりギターの弦が切れた。
「マジかよ……。ちょっと部屋で直してくる」
ため息まじりに立ちあがり、海翔くんが部屋を出て行った。
──びっくりした……。
まだドキドキしている胸に手をあてながら、テーブルの楽譜に目を落とす。
──あと少しで曲ができあがる。きっともう、わたしがなにも言わなかったとしても……。
そう思ったとき、視界の隅でなにかが揺らめく気配がする。
──なに……? 今、なにかが……。
確かめようと周りを見渡す。
すると……
「あっ……!」
ベッドのサイドテーブルに置きっぱなしのスマホが、だんだんと色を失うのが目に入る。
充電することもできず、目覚ましがわりにもならなかった7年後の世界のスマホ。
それが少しずつ輪郭を失っている。
「ウソ……ヤダ……っ!」
わたしはサイドテーブルにかけ寄り、もう色も形もすっかりぼやけているスマホをつかんだ。
──お願い、消えないで……!
だけど……
手の中にある、その重みのない四角い板は……
まるで雪が溶けるみたいに消えてしまった──。
なにかがのしかかっているように胸が苦しい。
──もしも、わたしの考えていることが正しかったら……。
──わたしは……どうなるんだろう……。
思わず寒気をおぼえたとき……
部屋のドアがノックされる。
「どうぞ……」
「比呂、大丈夫か?」
ドアが開き、海翔くんが入ってくる。
「海翔くん……」
「まだ調子悪そうだな」
ベッドサイドにやって来た海翔くんは、かがんでわたしの額に手を置く。
「熱はない……っていうか、冷たいくらいだな」
大きな手にわたしの額がすっぽり包まれる。
海翔くんにそんなふうにされたのは、はじめてだった。
「ほとんど食べてなかったけど、なんか食いたいもんでもある?」
「ううん、大丈夫……」
手のひらのあたたかさに、苦しかった気持ちがゆっくりとやわらいでくる。
「疲れが出たのかな」
海翔くんは言いながら、そっと掛け布団をかけ直してくれる。
「……なんだか、今日は海翔くんのほうが年上みたいだね」
「っていうか……比呂と俺って、本当は同い年なんだよな」
「あ、そうだった。本当は……ね」
今、東京には19歳のわたしがいるはずだった。
海翔くんのことも、この街のことも知らずに暮らしている、19のわたしが……。
「普通に出会ってたら、俺たちどうなってたんだろうな」
海翔くんは小さく笑うと、わたしから離れ、ベッドの端に腰を下ろす。
──普通に出会ってたら……。
それが何歳のときだったとしても、普通に海翔くんに出会えたなら……
わたしは海翔くんを好きになっていたんだろうか。
海翔くんはわたしを好きになってくれたんだろうか……。
考えてみたけれど、そんなわたしたちの姿は想像もできなかった。
──こうして出会って、好きになるしかなかったような気がする……。
ベッドで後ろに手をついて座る海翔くんの横顔を眺める。
こうやって黙っていれば大人びて見えるのに、話しだせばとたんに子どもっぽいことを言いだす、ちょっと変わった男の子。
だけど、わたしが大好きな男の子……。
──海翔くんはどんな大人になるのかな。
──普段のハーヴは……いったいどんな人だったんだろう。
──今から7年たったとき、ハーヴを陰から支えているわたしはいるのかな……。
──それとも……。
「海翔くん……」
「ん? なに?」
「これから曲作りの続きしよう」
「いいよ、ムリすんなって」
「平気だよ。もう元気になったから」
笑顔を作り、ベッドから降りる。
──怖いけど……確かめるしかない。
──わたしの考えていることが、本当かどうかを……。
※ ※ ※
海翔くんは自分の部屋からギターを持って来ると、さっそくテーブルに楽譜を広げた。
わたしも海翔くんの隣に腰を下ろし、譜面をのぞき込む。
──もう曲は、ほぼ完成のレベルだ。でも……。
「ここのフレーズなんだけどさ……」
海翔くんの指が楽譜をなぞり、その数小節をギターで弾いた。
「悪かないんだけど、なんかしっくりこないっていうか……。変えたほうがいいのかな」
「そうだね……」
わたしが予想していたとおりのことを、海翔くんが口にする。
海翔くんが指し示したフレーズ。
それは、オルゴールとは違っていたけれど、海翔くんの言うように悪くはなく、わたしは今のままでも問題ないと思っていた部分だった。
「海翔くんが納得いかないなら……少し変えてみようか」
「ああ、やってみる」
「がんばって……」
海翔くんがギターを鳴らし、いろいろなフレーズを試している。
何気ないふりをしているけれど、わたしの胸は苦しく波立っている。
──メロディが、また少しオルゴールの曲に近づけば……なにかが起こるかもしれない……。
そのときだった。
海翔くんのギターが、新しいメロディを……
オルゴールとほとんど同じメロディを奏でた……。
「比呂、今のどう思う?」
海翔くんがパッと顔を輝かせてわたしに訊く。
「……いいと思う」
「前のよりずっといいよな!」
「うん……」
「ちょっとアタマから通してみる」
ギターを構えなおし、海翔くんが曲を最初から弾きはじめる。
その姿は本当に嬉しそうで、手応えを感じているのか、表情は自信に満ちている。
──今……なにかが……起こる……?
次の瞬間──
「……!」
海翔くんの手元で、いきなりギターの弦が切れた。
「マジかよ……。ちょっと部屋で直してくる」
ため息まじりに立ちあがり、海翔くんが部屋を出て行った。
──びっくりした……。
まだドキドキしている胸に手をあてながら、テーブルの楽譜に目を落とす。
──あと少しで曲ができあがる。きっともう、わたしがなにも言わなかったとしても……。
そう思ったとき、視界の隅でなにかが揺らめく気配がする。
──なに……? 今、なにかが……。
確かめようと周りを見渡す。
すると……
「あっ……!」
ベッドのサイドテーブルに置きっぱなしのスマホが、だんだんと色を失うのが目に入る。
充電することもできず、目覚ましがわりにもならなかった7年後の世界のスマホ。
それが少しずつ輪郭を失っている。
「ウソ……ヤダ……っ!」
わたしはサイドテーブルにかけ寄り、もう色も形もすっかりぼやけているスマホをつかんだ。
──お願い、消えないで……!
だけど……
手の中にある、その重みのない四角い板は……
まるで雪が溶けるみたいに消えてしまった──。