歌(2)

文字数 1,442文字

飲み物とスイーツが運ばれてきても、海翔くんはまだ曲を選べていなかった。



──なに悩んでるんだろう。遅い……あまりにも遅い。


「もう……なんでもいいから、歌えばいいのに」



待ちかねて、つい文句を言う。



「1曲目って難しいんだよな。まだ喉の調子も出てない。テンションも低い」

「ただのカラオケだよ? そこまでこだわるの?」

「俺はいつだって歌には真剣だ」



海翔くんが真顔で答える。



「そ、そうなんだ……」


──さすが……と言うべきかもしれないけど、このままじゃ時間なくなっちゃうし……。


「でもさ、あんまりこだわってもしょうがないよ。もういっそ、今いちばん流行ってるヤツにしたら?」

「は……?」



海翔くんの目つきが険しくなる。



「その……えっと……」


──お……怒らせたかな。

──仮にもアーティストを志す海翔くんに、軽々しく言うことじゃなかったかも……。



ひやひやしながら、隣の部屋の歌と笑い声が聞こえるほどの沈黙に耐えていると……



「……なるほどね。いちばん流行ってるヤツか」



そう言って海翔くんは、タッチパネルの操作をはじめた。



「あ……うん」


──緊張した……。いろいろ説教されるかと思った……。

──ホント、海翔くんって、ガンコなんだか素直なんだか……。



やれやれとパフェを食べていると、曲のイントロが流れだす。

海翔くんが選んだのは女性アイドルグループが歌うJポップだった。



──そっか……この頃ヒットしたんだっけ。



「海翔くん、このグループ好きなんだ?」

「いや、全然」

「そ、そう……」



意外な選曲は、わたしのアドバイスに素直にしたがっただけらしい。

スーパーでもさんざん流れていたおぼえのある曲のイントロに、わたしも耳をかたむける。

すると──



──え……っ!?



海翔くんが歌いだしたとたん、一瞬で歌に引きこまれる。



──この曲……こんなにいい曲だったの?



わたしが知っているものとは、まるで別物みたいに思える。



──これが海翔くんの歌……。



はじめて聴く海翔くんの歌声に息を飲む。



──ずっと聴いていたくなるような……。

──いつまでも終わってほしくないような……。

──不思議な歌声だ……。



心の深いところまでまっすぐ届く声だった。

思いつきの選曲で軽く歌ってこれだけ人を惹きつけるのなら、

海翔くんの本気はどれほどのものだろうと怖くなる。

だけどそれと同時に、わたしはなんだかワクワクさせられている自分にも気づいていた。



──海翔くんって……すごい!

──こんなすごい子がバンドのメンバーから外されるなんてありえないよ……!

──それだけワガママってこと? 協調性ゼロ? 

──やっぱり性格に難が……って、もう、どうでもいい! とにかくすごい!



そのとき、はじめていつもの自分と違うことに気がつく。



──ウソ……!?



口が自然に動き、わたしは海翔くんと一緒に歌っていた。



──声が出てる……! 歌ってる……!



驚きと嬉しさがごっちゃになる。



──もう二度と歌えないと思ってた。

──だけど……わたし、歌ってる……。



胸がいっぱいになりながら、海翔くんと声を合わせ続ける。

目からは、いつの間にか涙があふれていた。

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