ハーヴ(7)

文字数 909文字

──ハーヴの新しい歌……どんなのかな。



思わず画面に釘づけになっていると、映像がPVに切りかわる。



──わ……夕暮れ時の海だ……。



夕日が落ちる間際の海で穏やかに(さざなみ)が揺れている。

どこの風景かはわからないけれど、とてもきれいな海だった。



──そういえば、せっかく近くに海があるのにまだ見てないや……。



そんなことを思ううち、波の音はフェードアウトし、ハーヴの新曲が流れはじめた。



──いいな、この歌……。



アコースティックギターの音色とハーヴの声に引きこまれ……

あっという間に、わたしは彼の創る世界に飲まれている。

ハーヴの曲を聴くと、いつもそうだ。

静かな曲も激しい曲も、わたしをここではないどこかへ軽々と連れ去ってしまう。



──ずっと聞いていたいくらい……。



その透明感のある声に耳をかたむけるうち、なぜか懐かしい誰かに呼ばれているような気持ちになってくる。

自然と涙までにじみそうになる。



──やっぱり、ハーヴって……すごい。



心の底からそう思ったけれど、胸がチクリと痛む。



──ハーヴとわたし。どうしてこうも違うんだろう。



わたしと彼は同じ26歳。

なのに、見ている世界はまるで違う。



──ハーヴは歌の世界にいることを許された。



だけど、わたしは許されなかった……。

そんなひがみのせいで、ハーヴの音楽にあこがれながらも、

自分からすすんで彼の曲を聞いたりはしなかった。

むしろ避けているかもしれない。

画面の向こうの世界は、この街へやって来たわたしには、もうとてつもなく遠い。

今、流れているメロディにあわせて歌うことすらできない。



──本当にぜんぶ終わったんだ。東京の生活も、音楽も……。



ハーヴの作る圧倒的な世界を見せつけられ、きっぱりとあきらめられた気がした。



──シンガーソングライターなんて、最初からわたしにはムリな夢だったんだよね……。



胸の奥が小さく痛み続ける。

そのささやかな痛みに耐えかねて、ハーヴの曲が終わる前にテレビを消した。


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