夏祭り(5)

文字数 1,767文字

「ありがとう、心配してくれて。でも、大丈夫だから……」

「……」

「も、もうこの話はやめよう。ね、お囃子が終わる前に見に行こうよ」



立ちあがり、歩きだそうとしたとき──



「あ……っ」



ベンチに座ったままの海翔くんがわたしの手首をつかんだ。

いきなりの出来事に、息が止まりそうになる。



「か……海翔くん?」

「じゃあさ……俺たち付きあおう」



わたしを見あげ、当然のことのように海翔くんが言った。



「は!?」

「は!? ってなんだよ。ありえねー、みたいな顔して」

「だ……だって……!」

「付きあってたら、彼女を守るのは当然だよな」


「そっ……メチャクチャ言わないでよ! 守るために付きあうなんて、そんな──」

「ちょっと、まだわかんねえの!? 守るために付きあうんじゃない。

比呂のことが、好きだから守りたいに決まってんだろ!」

「な……」


──海翔くん……が……?



呆然としていると、海翔くんはわたしから手を離し、頭を抱えてうなだれた。



「あー……なにやってんだろ。

なんでたこ焼き食ったあとに、コクってんだよ……マジ、カッコつかねえし……」

「か、海翔くん……そんなに落ちこまないで……」

「誰のせいだと思ってんだよ!」


「誰って……わ、わたし……?」

「決まってんだろ」

「え……っ、そ、そんな……」



顔をあげた海翔くんににらまれ、たじたじとなる。

海翔くんはベンチから立ちがると腰に手をあて、わたしを見おろした。



「おい」

「な……なに?」



急に近くなった距離に、ますます心臓の音が早くなる。



「俺はぜんぶ言った。比呂は……なんにも言わないつもり?」



海翔くんがいつもの不機嫌そうな照れ隠しの顔になる。



──また、そんな怒ったみたいな顔……。



その瞬間、涙ぐみそうになった理由は、すぐにはわからなかった。

だけど……



──そうか……わたし、海翔くんが好きだったんだ……。



今までどうして気づかなかったのか……

それとも本当は気づいていたのか……

自分のことなのに、なぜかよくわからない。

それでも目の前の海翔くんへの気持ちは、今はもう、はっきりしている。



「海翔くん……」

「なっ……なんだよっ」

「海翔くんの今の顔は、反則だからね」

「反則?」



目を瞬かせた海翔くんの胸に、そっと額をあてる。



「え……っ?」



海翔くんのちょっと戸惑ったような声がした。



「そういう顔されるたび、わたし、どんどん海翔くんのことが好きになるから」

「比呂……」



今まででいちばん近い距離で名前を呼ばれる。

そして、海翔くんは腕で囲うようにしてわたしを抱きしめてくれる。

とても大切なものを守るように……。



「俺……まだぜんぶ言ってなかった」

「え?」

「俺が比呂に金払うなって言ったのは……比呂と初デートだったからで……。

だから……その……払わせたくなかったっていうか……」

「そ……そうだったの?」



思わず顔をあげようとすると、頭に手を置かれ、そのまま海翔くんの胸に引きよせられる。



「これでもうぜんぶ言った。隠し事ゼロ。比呂は……?」


──海翔くん……。


「……わたしも隠し事なんかない」



つぶやいて、広い背中に腕をまわす。

胸は激しく高鳴っているのに、気持ちは不思議なくらい穏やかで、

海翔くんとこうして抱き合っているのがとても自然に思える。



──ずっと……一緒にいたい。

──だけど、それはたぶんムリなんだろうな……。



海翔くんが音楽の道を歩き続ける限り、わたしはそばにはいられない。

迷惑をかける前に、姿を消さなくてはいけない。

だからわたしたちは、ずっと一緒にはいられない。


だけど……今だけは……



「海翔くんが……好きだよ」



本当の気持ちを口にしながら、わたしは『隠し事』をそっと心の奥底にしまい込む。

そして、あたたかな腕の中で目を閉じる。

今だけは、先のことは考えずに……

ただ海翔くんを好きだという気持ちだけを感じていたかった──。

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