プロローグ

文字数 1,051文字

もちろん、雨が降っているのは知っていた。

一日中……仕事中もそのあとも、ずっと雨は降っていた。

だけどこの夕暮れ時の雨の中、

どうして古葉村(こはむら)邸の前に立っているのかがわからない。



──これって……お天気雨?



夕日はスコールみたいな大粒の雨をまぶしく輝かせている。



──あれ……? わたし、部屋にいたんじゃなかったっけ……?

──それに、アパートにもどったときは、こんなに明るくなかった。



そう思いながら、葉にあたる雨音に顔をあげる。

街路樹の枝葉が何層も重なっていて、偶然だけど、雨宿りをする格好になっていた。



──雨にぬれてないのだけはよかった。

──けど……帰り道、日差しなんか少しも出てなかったはず……。

──違う、アパートに帰ったと思ったのが勘違いなんだ。


──仕事が終わって、そのまま古葉村邸に向かって……。

──違う、それも違う……!

──なにこれ……どうなってるの……!?



思わず辺りを見まわしてしまう。

勢いよく地面を打つ雨は、止む気配もない。



──と、とにかく帰らなきゃ。

──確か折りたたみ傘があったはず……。



気が動転したまま、がさごそとショルダーバッグの中を探る。

そのときだった。




「あんた……誰?」




門扉が開く音と一緒に不機嫌そうな声がした。

見ると、ひとりの男が門に手をかけ立っている。

年はたぶん、わたしより少し下。

古葉村邸から出てきたらしいけれど、傘はさしていない。


光を受けた茶色っぽい髪はぬれて、前髪からしずくが落ちている。

長身のせいか華奢(きゃしゃ)な身体つきなわりに、

立っているだけでかなりの威圧感がある。



「ウチになんの用?」



まっすぐな鋭い視線を向けられる。



「なんの……って……」


──わたし、どうして来たんだろう……? わからない……。


「すみません……用は……ないです」



すっかり頭が混乱して、無難な言いわけも考えられない。



「用はない?」



男が不審そうな顔のまま言う。



「じゃあ、なんでここにずっと立ってんだよ?」

「えっ……ずっと?」


──そんなわけない……!



だけど冷静に考えてみれば、どうやって来たかもおぼえていない。


──いったい……いつから……ここに?






そして今

過去にある

わたしの未来がはじまる──



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