消えた部屋(5)

文字数 1,915文字

「比呂ちゃん、おかえりー!」



マサミチさんと美雨ちゃんが、食堂でわたしたちを待っていてくれた。



「美雨、喜んでる場合じゃないんだよ」



マサミチさんが美雨ちゃんを軽くしかり、わたしのほうを向く。



「流風から電話で聞きました。大変でしたね。部屋が水びたしだったんですって?」

「え……」

「お風呂の水があふれたとか……」


──あ、そうか。流風くん、マサミチさんにそんなふうに説明したんだ……。



気づいたとき、隣にいた流風くんが口を開く。



「そうだよ。上の階の人がお湯をあふれさせちゃって。ベッドもカーペットもぐちゃぐちゃだったよ」

「そうか……それは気の毒に」



流風くんの話に、マサミチさんは深々とうなずいた。



──すごい。10歳でこんな作り話ができるなんて……。



驚いていると、海翔くんがぼそっと言う。



「……ま、災難だったよな」



そういうことにしとけという意味なんだろう。

海翔くんは、わたしに小さくうなずいた。



  



お手伝いさんがわたしの分の食事も手早く用意してくれ、夕食がはじまった。



──やっぱり、お手伝いさんがいるんだ。

──それにしても、なんだか高級レストランに来たみたい……。



上質で大きなダイニングテーブルにも、給仕してもらうことにも慣れていないものだから、ちょっと緊張してしまう。



──現実……だよね……?



こんな場所にいると、いろんな感覚がますますあやふやになってくる。

向かいの席に座るマサミチさんをそっと見やると、美味しそうに食前酒を飲んでいる。



──マサミチさんをだましてるみたいで、良心がとがめるな……。

──だけど、本当の理由なんか言ったって、絶対わかってもらえるはずないし……。

──わたしだって、まだ、なにがなんだか……。


「流風だけいつもずるい」



隣の席の美雨ちゃんが、わたし越しに流風くんをにらむ。



「ボクが? なんで?」

「暗くなってから勝手に家を出たくせに、おじいちゃんにぜーんぜん怒られないんだもん」



美雨ちゃんが不服そうに言う。



「流風は男の子だからね」

「だからってえ」



美雨ちゃんがむくれていると、流風くんがニヤッと笑う。



「そうそう、ボクは男の子だからねえ」

「なんかムカつく!」

「なんならディベートでもする? 受けてたつよ?」


「ディ……? また難しいこと言ってごまかそうとする!」

「ちっとも難しくないし」

「ほら、その態度がムカつくの!」



わたしをはさんで、流風くんと美雨ちゃんが大騒ぎになっている。



──10歳の美雨ちゃん……。この子があの17歳の美少女だったんだ。

──見おぼえがあるはずだよ……。



今まで気づかなかった自分にあきれたけれど、こんなこと気づくわけがないとも思う。



──まさか17歳の女子高生が、10歳だった頃の姿で目の前にあらわれるなんて……。

──ということは……海翔くんが美雨ちゃんが言ってた、お兄さん……?


「マジうるせえな。ホント、お前らガキだよな」



海翔くんの言葉に、美雨ちゃんがフンと鼻を鳴らす。



「お兄ちゃんと流風のほうが、いつもうるさいと思うけど?」

「はあ?」

「10歳と同レベルの19歳ってありえなくない? ねえ、比呂ちゃん?」

「えっ……そ、それは……」


──た、確かに……。

──どっちかというと、海翔くんの方が子どもっぽいかも。



思わず、プッと吹き出してしまう。



「なに笑ってんの?」



テーブルの向こうから、海翔くんににらまれる。



「ご、ごめんなさい……」



すると、マサミチさんの、よかったと言う声がした。

なぜかマサミチさんはニコニコしながらわたしを見ている。



「マサミチさん?」

「いや、比呂さん、ずっと沈んだ顔されてたから」

「あ……」


──マサミチさん、心配してくれてたんだ。


「とりあえず、今日は安心して、ゆっくり休んでくださいね」

「はい……ありがとうございます」


──見ず知らずのわたしに、こんなに親切にしてくれるなんて……。



この状況で、もしもひとりだったら、わたしはどうなっていただろう。

不安でたまらない今、マサミチさんの優しさに心から感謝した。

食事のあと、わたしは用意してもらった客人用の寝室に入った。



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