別れ(3)
文字数 724文字
──ここなら誰も来ない……。
非常口から外に出て、階段の影に身を寄せる。
──どんどん透明になってる……。
足も手と同じように輪郭がぼやけ、打ちっぱなしのコンクリートの色が透けて見えた。
走ったわけでもないのに呼吸は乱れ、心臓は激しく身体の内側を叩く。
わたしは外壁にもたれると、ずるずるとその場にへたり込んだ。
──このまま……消えちゃうんだな……。
「……あーあっ、やっぱりわたしっ、消えるんだあっ」
わざとやけっぱちに叫んでみる。
だけどわたしの声は、都会の喧騒にあっさりかき消された。
──そうだ……声だって消えちゃうんだ。もっと歌っておけばよかった。
──もっと海翔くんと一緒に歌っておけば……。
──それだけじゃない。
──もっと……ちゃんと気持ちを……伝えて……。
──あ……結局、呼べなかったな……。
──冗談で言うふりして、呼んじゃえばよかった……。
──海翔って……。
──たったそれだけのことだったのに……。
──どうしてできなかったんだろう……。
──……身体の感覚……もうない……。
「オーディションに通ったら……
じいさんとかに、付きあってるってちゃんと言おうか」
あのときの、海翔くんの言葉。
「そのほうがいいんじゃないのかなあって……ちょっと思った」
ぶっきらぼうな声。
大好きだった海翔くんの声。
だけど、もう聞けない。
わたしは──このまま消えてしまうんだ──。
『比呂ちゃん』
微かな声が聞こえてくる。