第八章 動き出す運命 第4話

文字数 3,027文字

 ラルフを退治しようとする使用人たちのおかげで、舞踏会会場は大騒ぎになりました。その中でシンデレラが走り去るのに気が付いたのは、ほんの少しの人たちだけでした。

「待って、どちらへまいられる?」

 王子はもちろん隣にいた美しい娘が走り去るのを引き留めようとしました。しかし、その声は十二時を知らせる金の音にかき消され、シンデレラはあっという間に素早く走り去ってしまいます。おまけに王子が一人になったのをこれ幸いと、令嬢たちが押し寄せて、すっかり囲んでしまったため、追いかけることができません。王子はただ名残惜しそうに、シンデレラが去っていった方向を眺めるしかできませんでした。

 ラルフはすばしっこく走り回って、ネズミ穴を見つけ、その中に入り込み、事なきを得ました。

「危なかったぜ。よく見ようと思って油断したのが悪かった」

 穴の中で息を切らしてラルフはそんな反省を述べます。

「そんなことよりシンデレラよ。見失ってしまったじゃない」

 ヘルガは大慌てでドレスに込める魔力を増やして、さらにシンデレラとの繋がりが切れてしまわないように念を送りました。ラルフも急いでネズミ穴を伝い、舞踏会会場の天井へ出て、シャンデリアの上へから探しましたが、どこにも姿がありません。

「どこいっちゃんたんだよ。まさか外に出ちゃったか? 真夜中の町で素っ裸なんてことになってたら悲惨だぜ」

「素っ裸にはなってないわよ。まだ何とかなってるはずよ」

 ヘルガは額に汗を浮かべて魔法を続けました。

 しばらくお城の中を探しましたが、どこにもいません。

「俺は一人で帰るから、ヘルガはいったん俺との繋がりを切って、ハトを使って探しなよ」

 ヘルガはその通りにして、二匹の鳩を飛ばしてシンデレラを探しました。

 すると、一匹がドレスを翻して夜道を走るシンデレラを見つけました。彼女は墓地へ向かっているようです。ヘルガはその一匹のハトにだけ意識を向けて、シンデレラが墓地へ戻るまで見守っていました。

 シンデレラは母親の墓の前に来るなり、たおれるように座り込んで、墓に向かって話しかけました。

「驚いたわ。あの人、王子様だったなんて。どうりであのお城の中で一番輝いていたわけだわ。皆が見つめていたわけだわ。

 わたしったら、あの人にずいぶん馴れ馴れしい口をきいてしまったし、ダンスにお誘いするなんて、大胆不敵だったわ。本当だったら、あちらからお誘いくださるのを、黙って待っていなければいけないのに。どうしましょう。あんな失礼なことばかりして、お父様にお咎めがくるかもしれないわ」

 ずいぶん興奮しているようで、一気にまくし立てます。ヘルガもそれを知ってずいぶん驚きました。あの青年のえもいわれぬ上品さと存在感は、そういうところから醸し出されたものだったようです。

「まさか王子様だったなんてね。王子様なんて初めて見たわよ。あなたもそうと知っていたら、無暗に声をかけたりしなかったでしょうに、あんなに近くで普段通りに話しかけてしまったなんて。

 でも大丈夫よ。あなたのふるまいは、そりゃあ、あまり畏まっていなかったけれど、とっても無礼というようなものじゃなかったわ。それに王子様はあなたの名前だって知らないんだもの。あなたや、ましてお父様を探し出して罰を与えるなんてことはありはしないわ」

「そうだといいけれど。でも王子様は最後にわたしを呼び止めていたから」

「まぁまぁ、まだ舞踏会の気分が抜けないみたいね」

「当たり前だわ。だって本当に素晴らしかったんですもの」

 シンデレラはお城の風景を思い出しているのか、うっとりと宙を見つめました。とても微笑ましいですが、夢とはいつか醒めるものです。

「念願の舞踏会は楽しかったようね。よかったこと。これで明日からまた頑張れるわね。さぁ、楽しい時間はもうおしまい。家に帰って眠る時間だわ。さぁ、ドレスを脱いで」

 ヘルガはそう促しました。シンデレラはもう一度立ち上がってドレスを見て、スカートをちょっと触ってみたりしてから、魔法陣の上に立ってもとの格好へ戻りました。

 シンデレラは目をつむって舞踏会の風景を思い出し、しばらくしてから、名残惜しそうに目を開きます。

「そうね。本当に夢を見ているようだったわ。こんなに胸がときめいたのは、生まれた初めてのことよ。ハトさん、ありがとう。望みが叶って、とっても幸せだったわ」

 シンデレラはハトに向かって丁寧に礼を言い、そっと墓を離れ、お屋敷へ戻っていきました。

 ヘルガはシンデレラの姿が見えなくなると、ハトとの意識の繋がりを断ちました。シンデレラにドレスを着せたまま王宮へ送り、ずっとラルフの目を通してドレスが消えないよう目を瞠っていたのですから、すっかり疲れてしまいました。ラルフが戻ってくるのを待たずに、先に眠ってしまおうかと、藁のベッドに腰掛けました。

「やれやれ一仕事おわりね。舞踏会へ行きたいと言い出した時には、どうしたことかと思ったけれど、何とかできたわね。ラルフが言うみたいに、わたしもちょっと魔力が強くなって、魔法も上達したのかしらね。

 それにしても、シンデレラさんを楽しませてあげられてよかったわ。これであの娘ももっと幸せになれたってものだわ。これで落第は免れたんじゃないかしら」

 五人の魔女の中で、びりっけつではなく、下から二番目くらいにはなれたのではないかと、ヘルガにしては珍しく気を大きくしていました。

 その満足そうな顔は、魔女の館の例の部屋の窓に大きく映っていました。

「おめでたいことだ。もう試験を終えたような気でいるとは。しかも合格できたと思い込んでいるなんて」

 ケルスティンは後ろにいるペドラに言いました。

「どうもこの見習いは、考えが浅いというか、甘いというか……。あの年になるまでずっとこんなことで生きてこられたなんて、信じられませんね。もともと外の世界で恵まれない身分だったから、教養がないのはわかりますが、それにしたって同じような階層のマヌエラは、もう少し頭がまわるのに」

 二人とも、ペドラに辛辣でした。

「まぁ、致し方ないだろう。物事を深く考え、能動的に行動し、よりよい未来をつかむ、なんてことをしてはいけない、そういう生き方をしてきたのだろうからな。外の世界ではありがちなことさ」

「では、それを考慮して甘く採点してやるので?」

「まさか。これは厳正なる魔女試験なのだよ」

 といって、ケルスティンは部屋の壁に掛けた石板に向かって杖を振りました。

 石板には五人の名前が書いてあります。その中のヘルガの名前がひとりでにヨハンナの上に来ました。全員の並び順は試験の出来の良さです。つまりこの石板は、試験の中間結果を示しているのです。

 ヘルガは本人が思っていた通り、下から二番目になっています。だからといって落第を免れたわけではありません。エルフリーデ以外の全員の名前の文字は赤く光っています。もし最後まで文字が赤いままだったら、それは落第を意味します。

「五人中四人が落第候補なんて、今年は出来が悪いですね」

「そうでもないさ。あと半月はある。最後までどうなる変わらないのが魔女試験だ。

 それにお前は嬉しいだろう。ヨハンナが最下位で。でも油断はするなよ。逆転の可能性は十分なのだから」

 そういって、ペドラの反応を楽しもうとじろじろ見てきますので、うっとおしくなったペドラは、わざとそっけなく答えて、さっさと部屋を出て行ってしまいました。
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登場人物紹介

ヘルガ

腰は曲がり、顔は皺だらけ、魔力が低く箒で飛ぶのも一苦労なおばあさんの魔女見習い。正式な魔女となるために参加した魔女試験で、シンデレラを幸せにするこという課題を課される。使い魔はネズミのラルフ。

マヌエラ

魔女試験に参加する魔女見習い。けばけばした化粧をした派手な女。ヘンデルとグレーテルを幸せにするのが課題。師匠同士が知り合いだったため、ヘルガのことは試験が始まる前から知っている。使い魔は黒猫のヴェラ。

エルフリーデ

魔女試験に参加する魔女見習い。長身で美しい若い娘。名門一族の出身である自負が強く、傲慢で他の見習いたちを見下している。人魚姫を幸せにするのが課題。使い魔は黒猫のカトリン。

イルゼ

魔女試験に参加する魔女見習い。聡明で勉強家であり、既に魔女の世界でその名が知れているほどの力があるが、同時にある国の王妃でもある。白雪姫の継母であり、関係性に悩んでいる。課題は自国民を幸せにすること。使い魔は黒猫のユッテ。

ヨハンナ

魔女試験に参加する若い魔女見習い。没落した名門一族の出身で、この試験で優秀な成績を修め館の魔女になって一族の復興させたいと願っている。ペドラとは因縁がある。課題はマルティンという王子を幸せにすること。使い魔は猫のエメリヒ。

ペドラ

今回の試験監督の補佐を務める館の魔女。じつは100年前の試験である国の王女に賭けた祝福の魔法の成就が、この試験中に決まるという事情を抱えている。胡麻塩頭で色黒の、陰気な魔女。使い魔は黒猫のディルク。

ケルスティン

今回の試験監督を務める館の魔女。軍服を纏い男装している妙齢の女性。魔女見習いたちの奮闘を面白がって眺めているが、気まぐれに手だししたり助言したりする。黒猫以外にも、ヘビやカラスなど複数の使い魔を操る。

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